3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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世論調査の摩訶不思議 日本の常識は世界の非常識?

最近の世論調査をみると安倍政権のこれまでの政策、たとえば秘密保護法の強行採決、来年10月からの消費税引き上げ、集団安全保障のための解釈改憲、汚染水問題への取り組み、原発再稼働の推進、また沖縄の辺野古移転、拉致問題に対する取り組み、あるいはカジノ法案の導入・・・等々、これらほとんどの安倍政権の個別的政策に対する国民の支持は低くなっている。ただし大胆な金融緩和策によってデフレ経済を解消し、経済成長につなげるといういわゆるアベノミクスに対する国民の期待はあったが、その期待もここへきてすぼみつつある。たとえば朝日新聞の最新の世論調査をみると次のような結果になっている。

安倍首相の経済政策で、日本経済が成長できると期待できますか?
期待できる 37%
期待できない45%
来年10月に消費税を10%引き上げることに賛成ですか。反対ですか。
賛成 22%
反対 71%
いま停止している原子力発電を再開することに賛成ですか。反対ですか。
賛成 29%
反対 55%

朝日新聞によると、安倍政権の経済政策に対して2013年4月以降過去7回同じ調査をしているが、「期待できない」という数値が「期待できる」という数値を上回ったことは今回がはじめてであったという。ところが面白いことに安倍内閣の支持率自体は前の調査の支持率(47%)よりも2%微増して49%になったというのである。さらに奇ッ怪なのは少し前に発表された読売新聞の調査によると、安倍内閣の支持率は前回の62%から9ポイント低下して53%に落ち込んだというのである。

朝日の調査はともかくも、読売のこの激しい落ち込みぶり(あるいは、いままでの支持率の異常な高さ)は一体どういうわけなのだろうか?実際、読売新聞の世論調査では朝日や毎日に比べると以前から10%以上高い数字がでていた。当然、そこにはからくりがあるはずだ。聞くところによると、朝日や毎日の場合、「支持する」と「支持しない」いう二つの質問のほかに「どちらでもない」という三択方式である。もちろん、これは朝日や毎日に限ったことではなくどこでも同じはずであるが、読売の場合は「どちらでもない」と答えた人に対してもう一度「あえていえばどうですか?」と問う追加質問をしているらしいのである。いつからそうしているのか知らないが、これによって安倍政権の支持率が通常の世論調査よりも水増しされるというからくりがあったらしい。ただし、今回の調査ではその追加質問に対しても「(あえていえば)支持しない」と答えた人が10%近く増えたということになる。これはいまや安倍内閣の御用新聞と化した読売新聞にとっては衝撃的だったのではないだろうか。

一方、野党寄りの朝日新聞にとっても個々の政策に対する支持が大きく薄らいでいるにもかかわらず、安倍内閣の支持率自体は前回調査よりも2%アップしたのは意外であり別の意味で衝撃を受けたであろう。今回の朝日の調査は安倍改造内閣の女性閣僚が二人辞任に追い込まれるというタイミングで調査されたものであり、当然のごとく内閣支持率も下がるだろうと予想されたはずであるだけに、この調査結果をどう理解すればよいのか悩んでいるに違いない。ちなみに今回の調査でこの二人の閣僚辞任についての関連質問は次のような結果になっている。

小淵さんと松島さんを大臣に任命した安倍氏の責任はどの程度あると思いますか?
大いに責任がある  16%
ある程度責任がある 52%
あまり責任はない  23%
まったく責任はない  7%

安倍内閣の女性大臣5人のうち2人が就任1ヶ月半で辞めました。このことが、女性の活用を進める政策に悪い影響を与えると思いますか。そうは思いませんか。
悪い影響を与える。  42%
そうは思わない。   52%

この結果をみていえるのは、二人の閣僚辞任が安倍内閣の支持率にはほとんど影響していないということであろう。むしろ逆に、こういう小さな問題で足を引っ張る野党やジャーナリズムのやり方に対しては反発のようなものもあるのではないかと思われる。ただし、通常では内閣を改造したあとの世論調査は必ず支持率がアップするという「お約束」(いわゆる御祝儀相場)があるので、今回の閣僚辞任が支持率に悪影響していないとは必ずしもいえない。そう考えると、もし閣僚辞任がなければもう少し支持率がアップしていた可能性もある。

いずれにしても世論調査が示す安倍政権の個別政策に対する支持率と内閣自体の支持率のギャップは「摩訶不思議」としかいいようがあるまい。よく聞く話では、安倍内閣を積極的に支持したいという人はあまりいないが、他に代わる人がいるのかとなると見当たらないので、やむなく支持しているという人が多いのではないかという説明である。それといままでの民主党政権そしてそれ以前の自民党政権でも1年か1年半ももたずに次々と総理が交代するという(国民としては)うんざりさせられた経験が続いたので、当分は「余程のことがなければ、この内閣で辛抱するしかないか」というある種「達観」した見方もあるのかもしれない。

しかし、「余程のことがなければ」という思いは私も同じであったが、もはやその「余程」は限界を超えているのではないかといわざるをえないのである。

短命内閣のあとに出現した本格政権というのは、時としてきわめて危険な政権であるということはドイツのヒトラーやイタリアのムソリーニそして日本の近衛文麿のような例を引きだすまでもないことであろう。アメリカや韓国のような四年任期制という大統領制にすれば一番よいのであろうが、日本には天皇制がある以上それもできない。それゆえ日本の総理大臣はややもすれば大局的な政治ではなく自らの支持率を維持するための「先のことは野となれ山となれ式」究極の自己保身政治になってしまいかねない。多くの識者が指摘する安倍政権が現在やろうとしている危険な経済政策はまさにそれであろう。とにかく支持率を維持するためには株価を落とさないことが最重要なので、そのためには年金資金を使ってでも株価操作に関与してゆくという露骨な市場経済への介入が行われているというのである。びっくりしたのは世界的な投資家ジム・ロジャーズ氏の次の警告である。

「20年後から現在を振り返った時、安倍首相という人物は、日本経済を破壊するとどめを刺した張本人として語られているに違いありません。日本人は早くそのことに気づくべきではないでしょうか。」

今現在の時点で、われわれは安倍政権の円安誘導の経済政策が「吉」とでるのか「凶」とでるのか断定はできないが、確実に言えるのはそれによって潤っている人々は少数者(しかもその多くは外国人らしい)にすぎず、日本経済そのものは円安誘導によってますます弱体化しているという事実ではないだろうか。だからジム・ロジャースのようなプロからみれば安倍政権がやろうとしていることは結局のところ自己破滅に向かおうとしているとしかみえないのではないか。

そういえば数日前(10月30日)、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)はいよいよ金融緩和の量的終了を宣言したが、その翌日には黒田日銀総裁がまるで呼応するように「追加金融緩和の継続」を発表したために、その日の平均株価は一挙に800円もつりあがることになった。しかし、同時に円安が一挙に2円近く進み、前日の108円台から軽く110円台を突破してしまった。このような異常な株価と為替の動きが何を意味しているのか、私にはこれ以上語る知識もないのでやめておくが、仮に株式市場が政権延命の為に利用されているのだとすれば、結果は(ジム・ロジャースがいうように)「凶」とでるしかないのではないかと危惧せざるをえない。

安倍総理の支持率の高さについて、もうひとつ指摘しておかなければならないのは彼が国民のナショナリズムを煽り、それを利用しているということである。私にはこれほど許せないことはないと思っている。

安倍氏を支持する人々によると、「たしかに安倍政権の成果はまだ十分にあがってはいないが、彼がなそうとした積極的な外交は評価できるしまた評価すべきだ」というかもしれない。確かに彼は就任以来、地球儀俯瞰外交とも称される活発な外交を行っており、安倍氏がこの2年間で訪問した国の数は過去最高であるともいわれるので、これは素直に評価すべきではないかというわけである。

しかし、現実にはここまでのところ安倍外交の成果となるとほとんどみるべきものはなく、むしろその外交成果というのは「戦後最悪」と断言してもまちがいない。これは韓国や中国の元首と会談さえできない近隣諸国との異常な政治状況を作り出した事実だけを取り上げてそういうわけではない。確かにそれら近隣諸国との関係だけをみても「戦後最悪」というべきだが、そればかりか欧米先進国からの信頼をこれほど損なった総理大臣も珍しい。この事実は日本のマスコミではほとんど報じられていないが、安倍政権は欧米各国から危険な右翼政権であるとみなされており、この1、2年、世界中から批判されているのである。

半年か一年ほど前に「ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?」(川口マーン恵美著 祥伝社新書)という本を小さな本屋でみつけて、その面白そうなタイトルについひかれて読んでみたのだが、そこに記されているのはほとんど連日のように安倍内閣がこきおろされているという遠い異国での思わぬ安倍バッシングの紹介であった。面白いのは、この本の著者はそれらのバッシングに同調しているわけではなく、むしろ著者は安倍支持者らしく、それらの安倍バッシングに対して憤慨して、わざわざそれに反論するために本を出版したというのである。しかし反論したいなら、ドイツ語でドイツ人に対して反論すべきはずなのに、それをわざわざ日本語で日本人読者に対して訴えることにどういう意味があるのであろうか(?)と疑問に思っていたのだが、後日、この本が何万部というベストセラーになっているのを知って納得したものである。要するに、この種の「日本が一番だ」という愛国本が最近やたらと売れるので、商魂たくましい出版社が目を付けたのであろう。※ちなみに著者は次のようなタイトルの本も出している。「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」「住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち」他(講談社+α新書)

しかし、このような安倍バッシング(あるいはジャパン・バッシング)はドイツだけのことでは決してない。今年四月にオバマ大統領が来日した時も、日本側は何カ月も前から国賓待遇にするための下交渉していたらしいが、昨年の安倍総理の靖国参拝強行によって「失望」という異例の言葉を使って不快感を露わにしたアメリカ側の安倍嫌いは相当根深いものがあり、もはや安倍政権にとっての米国は完全に「片思いの旧恋人」になってしまった観がある。それを周囲に察知されないために、なんとか形だけとりつくろってみせかけの国賓待遇にさせてもらったわけだが、安倍総理はそのために辺野古移設という大問題を約束させられ、そして「村山談話と河野談話の継承」という自らの信念(?)に反することまで表明して(歴史認識問題については)どうとでも解釈できるようなまさに玉虫色の奇妙なカブトムシ状態になって、今後も二枚舌外交を続けざるを得ないというのが情けない安倍外交の実態である。

尖閣問題にしてもオバマ大統領は「安保条約の適用範囲である」ということを明言していたが、これは従来の立場を追認しただけのことであるにもかかわらず、読売新聞などは「大きな成果だ」などと持ち上げた。しかし、その一方でオバマ氏は「米国は中国と強い関係を持っている。米国は中国が平和的に台頭することを支持している」などとわざわざ日本との共同記者会見の場で中国への配慮を示し、安倍政権が志向している中国包囲網の構想に対して強いくぎが刺された形になった。さらに日本側は国賓待遇で迎えたいというのにオバマ氏の方は単身で来日し迎賓館にも行かず寿司店でのそっけない形だけの首脳会話だけで終わったが、その一方でミシェル夫人は子供を連れて中国習金平氏と共に一週間も北京に滞在して家族ぐるみの付き合いをしていたというのである。これは明らかに日本よりも中国を重視しているというオバマ氏のメッセージに他ならないであろう。

また同じ日程で韓国の朴 槿惠大統領とも会談していたが、この会談でもオバマ氏が明らかに日本よりも韓国の方に好感をもっていることは強く印象づけられた。昨年、朴 槿惠大統領が就任早々にオバマ大統領との極めて親密な会談がもたれ、また朴 槿惠大統領は上院議会にも招待されて(名指しこそしていないが)日本の従軍慰安婦に対する対応を非難する演説までしている。従軍慰安婦に対する安倍政権の対応については、第一次安倍政権でも厳しい非難決議が米国議会で出され、今回の第二次安倍政権でもまたまたこの問題に対する安倍氏の対応に対して厳しい批判があったのも当然のことだろう。

最近はドイツやアメリカだけではなく、これまで非常に親日的であったイギリスやフランスでも安倍批判がかなり表面化しているのをみれば、この評価はもはや世界の常識といってもよいのだろう。従軍慰安婦の問題ではオランダやオーストラリアなどからも安倍批判が続いているし、国連の人権委員会では従軍慰安婦問題だけでなくヘイトスピーチ問題でも安倍政権の対応ぶりが厳しく批判されている。つまり、いまや「日本の常識は世界の非常識」といってもよいぐらい安倍内閣は世界から孤立しているのである。

重要なことは安倍政権が誕生するまで、日本が世界からこれほど批判されるということは戦後以来(おそらく)かつてなかったということである。(ただし、正確には、この言い方は正しくない。第一次安倍政権でも従軍慰安婦問題で安倍氏の発言が世界中から批判されていたのであるが。)

ここまでくると国民がバカなのか、それとも安倍氏の取り巻きがバカなのか、あるいはその周りにいる立身出世しか考えない自民党の議員がずるがしこいだけなのか、いずれにしても安倍総理には悪いが「あなたは無能です」とあえて面と向かっていうぐらいの側近議員(顔触れをみるとほとんど可能性ゼロであるが^^)がでてこないかぎり、この裸の王様はどこまでいっても「自分が裸である」ということに気づきさえもしないのではないであろうかと日々思うものである。

補足:面白いことに、かつて「日本の常識は世界の非常識」という言葉を流行らせた保守派ジャーナリストの竹村健一氏が第一次安倍政権時に次のようなことをつぶやいていたという。
「かつて竹村健一は慰安婦問題について、(第1次)安倍政権がこんな不誠実な態度を取り続けるようでは拉致問題をいくら訴えても世界の誰も同情も協力もしてくれなくなる、これは人権問題なんだぞ、という趣旨の批判をしていたんですね。もちろん竹村健一は、朝鮮半島の人よりまず日本人の対外信用を心配してたんでしょう。完全に同意せざるを得ません。全く、日本の常識がますます世界の非常識になりました。いや、世界の非常識が日本の常識になったのでしょうか?「kojitakenの日記」より
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