3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

第一次安倍政権での安倍晋三総理の不都合な国会発言

安倍政権が誕生してから、もうかれこれ2年近くなろうとしているが、ここまで成果らしい成果はほとんど何一つあげていない。最も劇的な成果が期待された拉致問題も暗礁に乗り上げており、下手をすると北朝鮮から引導を渡されかねない状況であり、また政権発足後すぐに「アベノミクス」という造語を(自ら!)作ってその画期的な成果を世界中に宣伝したが、これも暗礁に乗り上げており、日本経済はむしろ物価は上がるが景気は向上しない「スタグフレーション」という最悪の循環に入ろうとしているのではないかという指摘まである。ここまでのところ安倍政権で唯一の成果というと、2020年の東京オリンピック招致を成功させたということぐらいかもしれないが、これも「汚染水は完全にコントロールされています」という見え透いた嘘によって世界を欺いた結果であり、この嘘が将来どのように自らにはね返ってくるのかと思うと、これを単純に成功だと喜ぶのは早すぎるだろう。

日本では「来年のことをいえば鬼が笑う」という箴言があるが、これはおそらく災害が異常に多い国土に住むわれわれの先人の経験からでた警告である。オリンピックが開催される2020年までにはその鬼も笑う「来年」を6回も迎えなければならず、その間にどんな災害が起こるか分からないのである。30年以内にマグニチュード7以上の首都直下地震が襲う確率は70%以上あると公表されてからもう3年になるが、その確率は決して下がったわけではなくむしろ上がっているとみるべきだろう。心配されるのは首都直下だけではない。気象庁が長年警告しているように、近い将来必ず起こると予想されているM8.6~M9クラスの東南海地震も、いつ起こってもおかしくない状況である。

民間の地震予知研究家の串田嘉男氏や村井俊治氏によると、非常に近い将来(来月とか来年!)にM7-8クラスの直下地震が日本列島のどこかで起こる可能性が高いと予想されている。ただし串田氏の場合はその地震は近畿を中心とした地域と限定されているが、村井氏の場合は日本列島の各地でその兆候があるとされている(参考「真実を探すブログ」)。

仮に福島原発の周辺でそれが起こった場合、おそらく汚染水問題は考えられないほど深刻な問題となって到底オリンピック開催どころではなくなるだろう。そもそも原発は震度6強の直下型地震までは大丈夫であるとしているが、それ以上の規模の地震におそわれると想定外となり何が起こるかわからない。仮に(想定内のはずの)震度6強程度の地震が福島原発を襲った場合でも、まだ処理が終わっていない4号機の使用済み核燃料やあるいは耐用年数があと3年程度しかない膨大な量の汚染水タンクはどうなるのか?その程度の事故が起こる確率は非常に高く想定外ではすまないのである。それだけでもオリンピックは開催どころではなくなる可能性もある。

しかも串田氏や村井氏によると震度8クラスの直下型地震が予想されているので、仮にそれが原発の近くで起こってしまうと、日本の半分以上の国土は放射能汚染で人が住めなくなる可能性もある。そんな大きな地震はないだろうと楽観的に考える向きもあるかもしれないが、ここ百数十年というきわめて短い期間に限ってもM8クラスの巨大地震は1923年の関東大震災(M7.9)、1891年の濃尾地震(M8)1854年安政南海地震(M8.4)、1896年の明治三陸沖地震(M8.2)など10回近くも起こっているのである(ちなみに阪神大震災の規模はM7クラスなのでまだ小型であった)。

さらに最近は火山噴火のおそれが富士山をはじめ全国の活火山で懸念されているので、本当にこれから6年先のことなど何が起こるか誰にもわからない。このような恐ろしい災害が予想される状況の中で、なにがなんでも原発再稼働を推進しようとする安倍政権及び経済界の貪欲さにはあきれざるをえない。もう一度大きな原発災害を起こせば日本は福島後になお自国の経済優先のために原発再稼働を推し進めた反省力のない国民だとして世界中から指弾されることになるだろう。いったい、この日本人の反省力のなさはどこから来るのであろうか?これは周囲の状況を客観的に分析せずに、その場の空気だけで物事を判断してしまうという(戦前の軍国化と同じく)過去から繰り返された日本人のどうしようもない習性ではないかという気がしてくる。

3.11の原発災害が起こったときすべての関係者は「想定外」という言葉で自らの責任を免れようとした。あの吉田所長でさえ「マグニチュード9が来ると言っていた人は誰もいなかったので、『なぜ考慮しなかったのか』というのは、無礼千万だ」と開き直っている。

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本当にそうなのだろうか?確かに地震学者や津波学者は東北沖でM9クラスの巨大地震が起こるということを想定していなかった。この想定に基づいて福島原発の防波堤の高さは5メートルでも大丈夫だとされていた。吉田所長はそのような学者の言葉を信じ込み、福島の防波堤を津波が乗り越えてくる可能性を想定していなかったのは「当然だろ!!」というのである。しかし、このいいわけは現場の安全をまかされている責任者としてはいかがなものかと思う。彼はもし5メートルを超える津波が襲来すれば、地下に置いていた予備電源まで水に浸かって使えなくなる可能性も想像ができたはずである。地震学者や津波学者にはそこまでの現場の状況は分かっていない。したがって吉田所長は現場の責任者として、少なくとも予備電源の設置場所を万が一の場合に備えて高い場所に移動しておくべきではなかったのか?そのような想像力も働かなかったのは現場の責任者としての落ち度ではないか?私はこの問題こそ吉田調書の最大の問題点であり、これについていっさい問題にしないマスコミはどうかしていると思う。この問題に比べれば、吉田所長の命令に反して大部分の現場スタッフが12キロ離れた2F(福島第二原発)へ「退避」したことを「撤退」と表現すべきだったのかどうかという問題はどうでもいいような問題である。

吉田所長は約千年前の貞観地震のことは知っていたらしいが、そんな昔のことよりもほんの数年前(2004年)にスマトラ沖で起こったM9.2の大津波のことを知っていたはずだ。この津波は3.11とほぼ同規模の数十メートルの高さであり三十万人近くの人が亡くなったのである。しかもわれわれはその津波の凄さをテレビの映像で何度もみていたはずである。それを知りながら、なぜ吉田所長は5メートルで大丈夫だろうという(一部の)専門家の言葉を信じ込んだのか?せめてスマトラと同規模の津波が襲来すればどうなるのかということぐらいはシュミレーションすべきではなかったか?もちろんそれは吉田所長一人の責任ではなく、安全委員会や保安院及び地震学者、津波学者も含めたすべての関係者に責任があることはいうまでもない話である。

実はこの問題は、なんと安倍晋三氏の第一次政権時代に国会で議論されたこともあったらしい。質問者は共産党の吉井英勝議員である。最近なぜかこの議事録が削除されたという噂もあるらしいが、この議事録の写しは残っているので、たとえ削除されたとしても、安倍晋三氏の発言は消えることはない。

Q(吉井英勝):海外では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか
A(安倍晋三):海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない

Q(吉井英勝):冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):冷却に失敗し各燃料棒が焼損した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測や復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない


これを読めば安倍氏が現在総理大臣としていられること自体がありえないほど重大な無責任発言をしていることがわかる。マスコミはなぜこれを問題にしないのか、野党もなぜこれを追及しないのか不思議でならない。

吉井英勝議員は京大工学部原子核工学科を卒業した経歴をみても分かる通り、この分野の専門知識を持ち合わせた専門家である。彼は実に正確に予備電源の喪失による原発災害の可能性を予測していたことがわかる。これに対して安倍総理の答弁は質問の意味さえ理解せずに、適当に答弁しているとしか考えられない。このとき吉井氏の質問の意味を真面目に受け止めていれば原発災害は防げた可能性は十分にあったのである。特に福島原発の地下に設置していた予備電源を万が一の津波の襲来に備えて高い場所に移していれば、あのような過酷事故にはならなかったはずなのである。

このような重大な議論が国会でなされていたにもかかわらず、すべてを「想定外」ですまそうとした原発のあらゆる関係者は恥を知るべきであろう。しかも、それに対してもっとも大きな責任を負うべき国会議員の一人がいまや日本の最高責任者となり、自らの過去の発言に対して何の反省もなく原発再稼働へ向けてひたすら進もうとするのは、もはや正常な判断力をもった人物の姿であるとは思えない。さらにそれを許しているマスコミと大部分の国民はもはやバカとしかいいようがないのである。

追記:誤解があるかもしれないので吉田調書問題について補足しておきたい。
3.11原発災害後、故吉田所長及び少数の東電スタッフが命賭けで最悪の事態になるのを防いで呉れたことには最大限の感謝をしなければならないと思っている。したがって朝日新聞が彼らに対して根拠もなく「撤退」という表現を使い侮辱したことについては行きすぎであったと感じる者である。また故吉田所長については3.11前の責任問題について追及するのはいささか酷ではないかと感じる向きもあると思うが、私には吉田所長を英雄化しすぎるあまり無原罪化することの方がよほど危険ではないかと思っている。まぎれもなく故吉田所長はフクシマ原発災害を起こした責任者の一人であり、彼もまたわれわれの誰もと同じように誤りを犯す可能性をもった普通の人間だということを忘れてはならない。彼がイエス・キリストや天皇のように無原罪の人物ではありえないということはいうまもないことである。したがって彼の発言を権威化することはしてはならないことだと考える。

本項未定です。
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