3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

シーソーが滑り台に変化するとき

最近の世相をみていると、まるで悪い夢のように巨大なシーソーゲームが目に浮かんでくる。怖しいことに、このゲームに参加している人は本人の意思の有無には関係なく、すべての日本人なのである。赤ちゃんを含めた小さな子どもから痴呆老人に至るまで、すべての日本人が参加をせざるを得ないという、とてつもない規模のゲームである。ただし、このゲームに参加しているという自覚がまったくない大半の国民は通常巨大なシーソーの真ん中あたりにいるのだが、多少とも政治に関心があり経済に関心がある人はシーソーの右側か左側に位置するようになる。

俺は右でも左でもないからそんなゲームに参加したくはないといっても、そんな我儘は通用しない。日本人であればだれでもこのゲームの外に出ることはできないのである。したがってわれわれはこのシーソーが右へ傾いたり左へ傾いたりするたびに右へいったり左へいったりせざるをえなくなる。このシーソーの傾きを敏感に感じて自らバランスをとるために腐心する人々も多くいるので、シーソーの向きはそう簡単にどちらかに傾いてしまうわけではない。しかし勾配が強くなると、多くの人々はその中でバランスをとるのが難しくなってくる。

最近、顕著にいわれるようになったいわゆる右傾化という現象は、この巨大なシーソーがかなり右側に傾いてきたということを意味しているのだろう。当然ながら、そこには数多くの人々の思惑や意思が働いているのであるが、このゲームが面白いのは数と位置が物をいうということである。シーソーの真ん中あたりにいる大多数の人々が少しでも右側によると、当然ながら数の力によってシーソーは右側に傾いてしまう。またそれほど数は多くなくても一部の人々がシーソーの右端に極端に寄ると、その位置エネルギーによってシーソーが大きく右に傾くこともある。今現在起こっているのはこの二つの力学が同時並行的に進行し、元々、左側にいた人までも耐えられなくなるほど、どんどんと右寄りの傾斜角が強くなっているということである。

最近、朝日新聞社がなぜ20年以上も前の誤報を取り消し、またわざわざ社長がでてきて福島原発の社員の名誉を傷つけたという瑣末な誤報に対してまで謝罪会見をしなければならなかったのかというと、私にはこの巨大なシーソーの力学に耐えられなくなったとしか考えられないのである。本来、ジャーナリズムには誤報がつきものであり、読者もそれを前提で読んでいるはずである。もちろん誤りがあったときには報道する側に謝罪の責任もあるのは当然であるが、謝罪と訂正は自らの紙面ですればよいことであり、経営者がでてきてするということは「余程のこと」でなければならない。果たして今回の吉田調書の誤報が「余程のこと」に相当するのであろうか?(ちなみに、従軍慰安婦の吉田証言の誤報については紙面で取り消しをしているので、今回の社長の謝罪会見とは関係がない)。

私が知る限り読売新聞はこの朝日の吉田調書問題よりもっとひどい誤報をしているが、彼らはそれに対して一切謝罪をしていない。たとえば2011年5月22日付け朝刊で読売は「首相意向で海水注入中断」という大見出しを掲げて菅元総理の対応を非難していた。これは公開された吉田調書をみても明らかに誤報である。当時、吉田所長に対して「海水注入を中断せよ」と命じていたのは東電の武黒フェローであったということが吉田調書でも明らかになっている。「首相の意向で海水注入中断」という見出しは明らかに憶測に基づくものであり正確な事実関係を確認したものではない。これは吉田所長が東電社員に対して一時退避を命じた事実に対して「撤退」という誇張した表現で彼らの名誉を傷つけたとする朝日新聞の誤報とどう違うのであろうか?しかし読売はこの記事に対してなんら取り消しも謝罪もしていない。しかも、このいわば「ガセネタ」を流したのはなんと当時野党議員の安倍晋三氏であり、このため菅元総理は安倍晋三氏を名誉棄損で刑事告訴しており現在も裁判中なのである。この裁判の経過がほとんど報道されないというのもおかしな話だ。
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ちなみに菅直人元総理の見解は次のようなものである。

私あるいは官邸の政治家が海水注入を止めさせる指示を出したことはない。18時前からのこの協議の場で私は一言も、海水注入を「待て」とも「止めろ」とも言っていない。準備に2時間かかると東電の武黒フェローが言うからそれまでに考えておいてくれるように言っただけだ。
後に判明したことだが、海水注入は武黒氏が思っていたより早く準備ができて、19時4分に始まった。これも後に知ったことだが、協議を終えた武黒氏が吉田所長に電話をかけたところ、すでに海水注入は始まっていると告げられた。その時、武黒氏が思ったより早く注水が始まっていましたと報告していれば、何も問題はなかったはずだ。
しかし武黒氏は「総理の了解が取れていないので待ってくれ」とあたかも私が海水注入自体を躊躇しているかのように吉田所長に言ったようだ。更に武黒氏は東電本店へも連絡を取り、本店からも吉田所長へ注水を中断するように指示が出された。(以上、菅直人オフィシャルブログ「今日の一言」より)


もうひとつ、菅元総理が2011年7月6日に全原発に対してストレステストの実施を決めた時、読売新聞は「唐突だ」と書いてこれを激しく批判した。しかし、このストレステストというのは3.11後の危機に対して6月21日にウィーンにおいてIAEAが決めた国際的な新指針である。

ちなみに6月21日の時事通信社には次のように報道されている。
「福島第1原発の事故を受け、ウィーンで開かれている国際原子力機関(IAEA)閣僚級会合の作業部会は6月21日、原発の安全性向上について協議し、すべての原発にストレステスト(特別検査)を実施する必要があるとの認識で一致した」(時事通信)

当時、読売新聞社はこの国際基準も知らずに「唐突だ」と書いたのだとすれば、これはジャーナリズムとしてあるまじき重大な誤報であろう。あるいは知っていながら、知らんふりをして菅総理を非難していたとするなら、これはさらに悪質な故意による虚報である。ちなみにこの新指針に対して朝日新聞は「当然だ」という社説を書いており、また毎日新聞は「ヨーロッパ以上に厳格な基準が必要だ」と書いている。

読売新聞社が終始一貫「原発再稼働」を求める社論を展開してきたのは歴史の審判にゆだねるべきことであるので、これ自体は読売の誤報とはいえないが、しかし当時ストレステストの実施が不必要で余計な作業であるとしたことは重大な判断ミス(または故意の虚偽宣伝)としてその責任を問われるべきである。

しかし、読売新聞の誤報に対しては誰も大声で文句を言うものもいないし指摘する者さえほとんどいない。これはなぜだろうか?これはわれわれ国民が乗っているシーソーの台が大きく右に傾いている証左なのだと思う。シーソーが右側に大きく傾いていると自然と批判の対象は左側にいる人々に向かうことになるからである。

たとえばこれと反対のことがいえるのは60年代後半から70年代である。当時はベトナム戦争が泥沼化していくことにより、反戦を主張する左派勢力が強くなり、左派による右派への批判はあっても、右派による左派への批判はほとんどなかった。ところが社会主義国が破綻した80年代以降右派が強くなり、社会党や共産党はほとんど衰退してしまったのだが、戦後以来続いてきた自民党の一党支配体制も金権政治批判で終了し、それ以後は細川氏の日本新党ブームとなって政界は右へいったり左へいったりと流動化しはじめた。ただし、その間もシーソーはほとんど平衡を保っているので、決して極端に傾斜するということはなかった。

そんな中で小泉政権のとき支持率が異常に高くなったが、これは必ずしも右傾化ということではなかったと思う。これは細川政権のときと同じ現象で、真ん中辺の大衆が急速に右に寄ったということではなく、要するに小泉氏に対する個人人気が真ん中辺の大衆を引き付けたということであろう。

ところが安倍政権になってから、戦後の政治史の中でもかつてなかったような本物の右傾化がすすみはじめたのである。安倍政権は発足早々、村山談話と河野談話の見直しという、いままで自民党のどの総理もいわなかったような歴史修正主義を口にし始めた。ただし、これはアメリカの介入によって、事実上、封じ込められたのであるが、その総理の発言が突破口となって一挙に右翼勢力を勢いづけたといえるだろう。

「作る会」の藤岡信勝氏や「WIL」の渡部昇一氏、そして産経グループ、週刊新潮、週刊文春などなど、ほとんど毎日彼らの刺激的なヘイトスピーチまがいの広告を目にしない日はない。最近は朝日新聞を読んでいるとその広告欄の中にも堂々と朝日バッシングの言葉が氾濫しており、中には朝日不買運動のすすめのような広告までみることがある。

私はよくこんな広告を朝日が許可をして掲載しているものだと感心してしまう。おそらく読売新聞であれば、こんな広告は掲載拒否になってしまうはずである(事実、その前歴もある)が、朝日が同じことをやると「言論の自由を弾圧するのか」という話になってくるのだから、これはもう無茶苦茶である。

最近の世相の中でもっとも気味が悪いのは、この朝日新聞に対する不買運動の呼びかけである。これは約80年前の満州事変の頃にもあった朝日新聞に対する不買運動を想起させるものである。満州事変以前の日本は大正デモクラシーの自由な空気が残る比較的平穏な時代であったが、当時軍拡に批判的であった朝日新聞社が満州事変をきっかけに九州の在郷軍人会などから不買運動を起こされ、以来、背に腹は変えられないということで社論を180度転換した。これをきっかけに日本の世論が一斉に右傾化した重大な曲がり角となった出来事である。

もちろん日本がふたたびあの時代の失敗を繰り返すことになるなどとは思わないが、時代を左右するシーソーの力学がまったく変わっていないことには不気味さを感じざるを得ないのである。

シーソーの力学を直感的に知っている者たちは、とにかく右端へ右端へと極端に寄ろうとする。なぜなら、そうすればするほど、少数の人間の意思によってシーソー全体の傾斜角を傾けることができると彼らは信じるからである。いわゆるヘイトスピーチという極端な行動がでてきたのは、右翼的な安倍政権の登場によって、これをチャンスとばかり右寄りの傾斜にはずみをつけるために、故意にあのような極端な行動にでているのではないかと思う。

このような極端な行動によってシーソーが傾くと、真ん中あたりにいる一般民衆もそれにつられて無意識のうちに右に傾くことになる。そして気がついたときには誰一人中央に戻ることが不可能なほど傾斜角が強くなり、シーソーはもはやシーソーであることをやめて巨大な「滑り台」に変化する。

80年前の満州事変後に起こったことはまさにそれであった。その翌年(1932年)5月15日に「満州の宗主国は中国である」などと正論を述べた犬養首相が青年将校によって銃殺された。このとき圧倒的多数の国民は彼らの行動に喝采し、なんと30万通以上の減刑嘆願書が裁判所に寄せられた。これ以後、軍国主義は日本の正義となり、これに反対する者はすべて「国賊」とか「非国民」というレッテルをはられ摘発されるようになる。その空気の中では平和を奉じるはずのクリスチャンや自由主義者でさえ「アカ」呼ばわりされ、口を開くことはできなくなった。有名な共産党幹部でさえ次々と転向宣言を表明した時代である。もはや国民の誰一人表だって戦争に反対する者はいなくなったのである。

壷井栄原作の名作映画「二十四の瞳」はまさにこの時代の不条理を描いた見事な作品である。小豆島の岬の分校に赴任してきた新米の女先生は平和の尊さを教えたために、校長から危険思想を教えるなといわれ教職を諦めざるをえなくなる。しかし、なんといっても衝撃的なのは小学校をでたばかりの教え子や自分の子供からさえ「非国民」とののしられるシーンである。以前はこのようなシーンは誇張ではないかと思っていたのだが、最近になってこのシーンの本当の怖さが分かるようになった。つまりこれは世の中が極端に右傾化したときにシーソーが滑り台になってしまうという怖しさなのである。そうなるとシーソーの真ん中あたりにいた政治的無関心層であるはずの子供でさえも右翼思想に染まってしまうのである。
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巨匠黒沢明の戦後第一作に「わが青春に悔いなし」という作品があるが、これもまた「二十四の瞳」と共通のテーマを描いた名作である。この映画は満州事変の2年後(1933年)に起こった京大の滝川事件を題材にして国民がどのように変わっていったのかということを見事に描いた作品である。滝川事件が起こる前、学生たちは学内で自治を求めるデモなどをやる自由もあったのだが、それが満州事変後に言論の自由が急速になくなってゆく。そしていつの間にか気がつくと周りの人間がみな軍国主義者になっていたという話である。この映画でも「二十四の瞳」と同様、戦争に反対した主人公に対して「非国民」とか「国賊」というレッテルを叫ぶ子供たちが描かれているのであるが、世界の巨匠黒沢明がここまで描くということは、やはりそのようなことは本当にあったのだろうといわざるをえない。
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今現在起こっていることが、この時代とそっくりだとまでいうつもりはないが、少なくともよく似た部分があることは否定できないので、われわれはこれらの動きに対して注意すべきであろう。

面白いことに今週号の週刊文春には、このあまりにも行きすぎた朝日バッシングをたしなめるような言論も紹介されている。元文藝春秋編集長の半藤一利氏が寄稿文の一部を紹介しておこう。
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私は昭和史を一番歪めたことは言論の自由がなくなったことにあると思っています。これが一番大事です。昭和六年の満州事変から、日本の言論は一つになってしまい、政府の肩車に乗ってワッショイ、ワッショイと戦争へと向かってしまった。あの戦争の反省から言論は多様であればあるほどよいと思うのです。私のような爺いが、集団的自衛権や秘密保護法に反対と堂々と声を出せることは、大変ありがたいこと。こういう声が封じられるようになったら、終わりです。今の朝日バッシングは破局前夜のような空気を感じますね。好ましくないと思っています。

さらに面白いことに週刊文春は同じ号でいまや政府の御用新聞と化した読売新聞をちくりと批判するコラムまで書いている。
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このような記事は平衡感覚を取り戻すための軌道修正と思えなくもない。しかし、そうはいっても週刊文春編集部はこれからも相変わらず刺激的なナショナリズムを煽る記事で売り上げを伸ばそうとするつもりなのであろう。出版社というのは、不買運動が起こらなくても売れなくなれば自然と淘汰されてゆく過酷な世界である。その点、宅配制度で成り立つ新聞社の場合はよほどのことがなければ経営が行き詰まることはありえない。宅配制度にはメリットもデメリットもあるが、メリットをあげるとすれば余計な売り上げの心配をせずにジャーナリストとしての本来の仕事に集中できるということである。

しかし週刊誌のような媒体には安定した固定読者がおらず、売れ行きが悪くなると終わりである。彼らは生き残りのためには手段を選ばない。今のところ世論の右傾化によって好調な売れ行きが続いているようにみえても、世論の動向が変わればたちどころに廃刊の心配までせざるをえない経営危機を内包している。実際のところ、経営危機にあるのは不買運動を起こされている朝日新聞社ではなく、むしろ朝日の不買運動を起こそうなどと不埒な計画をたくらんでいる側の方ではないか?

韓国のセウォル号が沈没したのは金儲け優先のために荷物を過剰積載し、また船の重心を高くするようなリフォームをしてまで定員数を増やしたことにある。つまり安定性を軽視したことで平衡が失われ、激しい海流の変化に対して操縦不能となり、しばらく船が傾いたまま蛇行し、ついには横倒しになって転覆した。戦前の日本が満州事変後に突き進んだ破滅に至る道筋というのは、まさにそのような道筋であった。

船が平衡を失い蛇行をはじめた時点で平衡を取り戻す可能性は失われてしまう。なぜなら傾斜角度が強くなると、もはや元に戻ることはできないのである。現在の日本で同じことが起こるとは思えないが、「売国奴」とか「国賊」という言葉が平気でまかりとおっているのをみると、もはや危険な領域に傾斜しつつあるとみてまちがいないだろう。


本項未定です。
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