3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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安重根及び韓国人の「恨」について

先ごろ中国の瀋陽で韓国の英雄・安重根の伊藤博文銃殺事件を記念する記念館が作られたことが波紋を広げていた。日本政府はただちに安重根はテロリストであったという菅官房長官の談話を発表して、これに抗議をした。しかしながら、安重根がどのような経緯があってテロに走ったのかという、その経緯については日本の教科書でも紹介されることはなく、それゆえ日本人の間ではなぜ彼が英雄視されているのか理解に苦しむ人が大半であろう。ただし安重根を英雄視しているのは決して韓国人だけではない。日本の右翼(ネットウヨクではない)の間でも彼を偉大な人物だったと称える人々は多いという。たとえば1993年10月に朝日新聞社内で拳銃自殺を遂げた野村秋介氏もその一人だったという。あるいは故山本七平氏に多大な影響を受けた小室直樹氏も安重根を偉大な人物だったと称えていたといわれる。

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安重根

とかく毀誉褒貶の多い安重根だが、毎日新聞に次のような興味深い記事があったので紹介したい。

米国人の学者が「安重根は東アジア共同体論だ」と発言しているのを香港のウェブサイトで見た。日本政府の言う「伊藤博文暗殺のテロリスト」とも、中国、韓国政府が考えるような反日主義とも違う顔だ。安重根の未完の論文「東洋平和論」は、韓国と日本と中国が手を結び、西欧列強と対抗しようという大アジア主義思想だ。東アジア共同体の芽と見ることことはできる。似たような再評価論が日本でも以前あった。外交官出身の岡崎久彦氏が、韓国勤務を終えて書いた「隣の国で考えたこと」(中公新書)はその一つだ。岡崎氏は安重根を「日本で言えば坂本龍馬のような志士」だという。不逞の輩と思い込んでいたが、見識、教養だけでなく、急所を外さずに撃った「肝のすわった男」であると書いている。

安重根の父、泰勲は科挙試験に合格した秀才だった。エリート官僚の道を歩み出したが、当時の李王朝は日本の明治維新に学ぼうと主張する金玉均、朴泳孝ら親日・改革派と清国を頼みとする太院君ら親中・保守派が激しく対立していた。改革派に属した泰勲は日本留学生に選ばれたが、留学が実現する前に改革派指導者が宮廷闘争で失脚し、泰勲も故郷に引きこもった。父の影響を受けた安重根は明治維新を高く評価した。明治天皇についても、日露戦争の宣戦布告文に「韓国の独立を守るため」とあったことから、天皇は韓国独立を認めると考えていたらしい。

暗殺事件の直後でも、安重根への敬意を払う日本人はいた。裁判が行われた旅順では、監獄の看守、法廷の通訳、弁護士、さらに裁判官まで安重根の人物を評価した。安重根が「朝鮮の日本人と旅順の日本人は同じ日本人なのか」と驚いたという。

韓国統監府は寺内正毅統監ら長州閥が強権的な植民地政策を行っていた。同じ日本の植民地でも旅順は非長州藩が多く、長州閥のやり方に反感が強かったという。(中野泰雄「安重根の『東洋平和論』と明治の日本」、世界日報社刊「韓国人がわかる11人の視点」所収)

安重根には韓国親日派の改革思想が流れている。かつて韓国ではこの点が安重根評の弱点とされたという。が、いまでは伊藤暗殺という行為だけが記憶され、評価の対象となった。テロリストとしてしか見ないのと同次元の認識だ。どちらも実像と離れている、それで米国人学者がひとこと言ったのだろう。(金子秀敏毎日新聞記者 2月6日)


安重根と坂本龍馬を比べるのに違和を感じる日本人は多いだろうが、しかし、明治の志士達の多くは坂本龍馬も含めて実際テロリストであった。そもそも幕末の動乱のきっかけとなった桜田門外の変も井伊直弼に対する集団テロで始まった。この事件の実行犯はその後幕府の徹底的な摘発によってほぼ全員処刑又は刑死したが、この摘発で討幕運動は収束することなくむしろより先鋭化し、やがて長州や土佐の志士が幕府に対するテロ行動に走って行った。坂本龍馬は後にテロの犠牲になったが、もともとは彼自身もテロ活動に共鳴しており、幕府側の要人勝海舟に会いにいったときも最初は暗殺するつもりであったらしい。実際、維新政府の多くは西郷隆盛も含めて幕府に対してテロ活動を行っていた人々ばかりであり、彼らが天下を取ると勝てば官軍となり、後世の歴史家の間で時代を変えた英雄たちと呼ばれるようになった。このような経緯を考えると、安重根をテロリストだと日本政府が単純に決めつけると逆に自らが称える維新の英雄たちの権威をも否定することにつながる。

よく考えると日本人が愛してやまない赤穂浪士の物語にしても、冷静にみるとテロリズムを賛美しているのと同じことなのだ。前にも述べたように、日本には日本教という奇妙な宗教があり、この宗教的価値観がときにテロ活動を肯定するような場合がある。日本教とはいかなる戒律もなく教えさえもない宗教であるが、ときどき空気のようにおぼろげな価値観がわれわれの行動を縛る規範となる。この日本教の規範が前面にでてくると、「売国奴」とか「国賊」とか「非国民」いう過激なレッテルが容易に飛び交い、ややもすると人々はその言葉の威力に抵抗することができなくなる。かつて満州事変のときがそうであった。それまで朝日新聞社(大阪朝日)は「満州は日本の領土ではなく中国の領土の一部だ」という至極真っ当な社論を展開していた。これは当時の新聞社の中ではユニークともいえるほどリベラルな社論であったが、事変後、朝日新聞社は反日新聞社として糾弾され不買運動が起こり、これに危機感を抱いた朝日の編集局は突然正反対の社論を展開するようになるのである。

また事変後、総理大臣になった犬飼毅も「満州国は日本の領土ではなく宋主権は中国にある」という発言をしていたが、この総理見解もテロによって完全に封じられることになった。すなわち5.15事件である。興味深いことに、犬飼首相を「問答無用」の一言で暗殺した青年将校たちは、まるで吉良上野介を討ちとった赤穂の義士のように国民の喝采を浴びているのである。彼らは逮捕され裁判に付されたが、なんと30万通以上の減刑嘆願書が裁判所に寄せられ、ほとんど実刑も受けずに釈放されている。この事件を契機に政治家はテロの恐怖に怯えまともな判断ができなくなり、またジャーナリズムは良心を失い軍の宣伝機関と化していったことはいうまでもない。

最近の日本の風潮をみると、どうもこの時代の雰囲気が想起されてならない。「売国奴」とか「国賊」とか「非国民」という表現は、戦後になってからは「死語」のように思われていた言葉である。ところが、このところそういう言葉が普通に飛び交うようになり、それどころか「反韓」「嫌韓」「悪韓」「呆韓」「愚韓」「憎韓」…等々、思いつくかぎりのあらゆる悪罵を冠にした隣国非難のタイトルの本や雑誌が書店にあふれるようになった。ごく一部の確信犯的出版社(産経 文春WAC etc.)は別にして、出版社の話によると、そのような過激なタイトルを掲げればとにかく本が売れるのでやめられないそうである。つまりこのところにわかに大衆がそのような本を求めるようになったので、その需要に応じているだけだというのである。要するにこの出版不況の中、出版社にとって中身はどうであろうと売れさえすればよいという話なのである。考えてみれば、このような現象はまさに満州事変後の朝日新聞と同じではないかと思うと慄然とせざるをえない。

確かにここ最近の「反韓」「嫌韓」の異様な風潮は、ある日突然、気圧配置がかわり南風が北風に変わってしまったかのように、日本社会の空気が知らないうちに変質していたというなんとも得体のしれない不気味さを感じる。ほんの数年前まで、おそらく管政権や野田政権以前までは、韓流ブームでテレビも雑誌も出版社もおしなべて韓国を持ち上げ、毎週のように特集番組や特集記事を作り、特に日本の中年女性たちの間の熱烈な韓国詣でが何度もニュースとなり、ヨン様やビョン様などの韓流スターに夢中になる彼女たちの不思議な生活が紹介されたりもしていた。3.11のとき、韓国の多くのスターが多額の義援金を出してニュースになっていたことも昨日のことのように思い出されるが、あれからまだわずか3年にしかならないのに、なぜ世の中の空気はこれほど変わってしまったのであろうか?

今から思えば、日韓関係が急速に冷え込んだきっかけになったのは野田政権のときに李明博大統領が竹島に上陸したニュースが報じられたときだろう。野田氏はその行動に対して竹島は日本固有の領土であり、大統領が島に上陸したことを断じて許せないという発言をしていた。しかし、この問題は一般の日本人にとって、韓国の印象を決定的に悪くした出来事だったとは思えない。北方領土のように過去多くの日本人が居住していた(固有の)領土とはちがい、竹島は無人島であり日本本土あるいは隠岐の島からも遠く離れた海洋に浮かぶ無主の孤島である。この島を日露戦争の際にロシアのバルチック艦隊を監視する戦略的拠点として明治政府が自国の領土として編入した。しかし日本は昭和20年8月15日の敗戦によってポツダム宣言を受諾し、その際に日清日露以降に支配した領土はすべて放棄すると約束させられているため、法的に考えれば竹島が日本固有の領土だとするのは無理がある。かといって韓国がその地を自国の領土に編入しているのも、決して法的に合法であったとはいえないが、少なくとも日本にとって竹島の領有権が両国の間で憎悪を伴わなければならないほどの重大なissue,であるとは、よほどのナショナリストでもなければ考えないであろう。

したがって日本社会の空気ががらりと一変したのはこの時点ではなかったということははっきりしている。あきらかに空気が変わったのはこの時ではなく安倍政権になってからである。前にも述べたように安倍政権は発足早々「村山談話と河野談話の見直し」をほのめかし、また慰安婦の強制連行の証拠はないという発言で韓国側を強く刺激した。この一連の安倍発言は少なくとも談話が発せられてこの20年間どの総理もいわなかった内容であった。「慰安婦の強制連行の証拠はない」という安倍氏の発言の元になっているのは南京虐殺研究でも有名な秦郁彦氏の著書(「慰安婦と戦場の性」新潮選書)である。この本については、いずれあらためて紹介してみたいと思っているが、問題の本質は「慰安婦の強制連行の証拠は発見されていない」という安倍総理の発言が、従軍慰安婦制度そのものの否認として受け取られていることである。

秦郁彦氏の著書にも紹介されているが、韓国で集められた慰安婦の多くは10代の少女たちである。彼女たちは決して自ら望んで娼婦になった女性であったとはいえない。強制連行の証拠がないとはいえ、そこにはなんらかの強制性があったことまで否定されるべきではないだろう。また「証拠はない」というが、証拠がみつからなければ「それはなかった」といえるのであろうか?仮に強制連行がなかったということが証明されたとしても、従軍慰安婦の制度そのものが正当であったといえるのか?世界がこの問題をどのようにみているのかというと、そういった問題意識ではあるまい。問題は日本軍が戦争中に行った非人道的行為というだけではなく、戦争そのものの残虐性とはまた別の意味で深刻な性道徳の問題なのである。この問題については今まで人類が問題意識すらもたなかった点で、よりいっそう関心を惹いているということに気づくべきだろう。

奴隷制度が非人道的な制度であったという反省を人類が共有できるようになったのは、まだ百数十年のことにすぎない。人種差別はいけないという意識が共有されるようになったのは、まだ数十年のことである。一方、女性の人権が保障されなければならないという意識は、ほんの最近になって芽生えたばかりであり、イスラムの世界では女性の人権はいまだにその問題意識すら共有されていない。「慰安婦=sex slave」という英語の翻訳に異様に反応する日本人が多いが、しかし「慰安婦(comfort women)」という言葉を英語で直訳するととんでもない女性差別の意味になるということに気付かない人があまりにも多い。男の性欲を慰めるために女性がそのような仕事に従事させられること自体、女性の性に対する侮辱であるという問題意識が、この問題を通じてわれわれの時代に新たに共有されつつある新しい人権意識なのだ。ましてや戦争中にそのような忌まわしい仕事に女性を従事させる制度は将来にわたり絶対にあってはならないことだ。これは奴隷制度や人種差別と同じく、永遠に根絶されなければならない制度である。これに関して橋下大阪市長の発言や籾井NHK会長の発言が物議をかもし世界中で非難されたのは、このような問題意識が当事国であるはずの日本人の間でまったく共有されてもいない(それどころか、自分を正当化することばかりに汲々としている)ということこそが二重、三重の問題としてみられているのである。このことの重大性に気付いている日本人は政治家や官僚、知識人も含めて、残念ながらあまりいないのではないだろうか?機械技術の分野では世界のトップリーダーだということを誰もが認めても、このような旧態依然の意識の中にとどまり、自分を正当化(あるいは美化)することしか考えない日本人は決して世界の人々から尊敬されることはないだろう。

先ごろ(2014/3.14)、安倍総理が「村山談話と河野談話の継承」をあらためて公式に確認し発表した裏には米国の圧力があったことは間違いないだろう。つまるところ安倍総理は非常に高い代償を支払って自らの過去の発言を自ら修正せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。しかし、その舞台裏でたとえ何があったとしても、もはや安倍総理が公式的に認めた発言は安倍内閣自身が責任をもってその政策に反映させなければならないものとなった

ちなみに朴槿恵大統領は早速次のように返している。
「今さらでも、安倍(晋三)首相が村山談話と河野談話を継承するという立場を発表したことを幸いに思う。今後、被害者たちの傷を癒やし、 韓日関係と北東アジア関係を強固なものにできる契機になることを願う」。

これによって日韓関係がただちに正常化するとは思えないが、この1年と数カ月の間、互いに会って握手さえできなかった両国の関係は改善に向かって少しは前進することを期待したい。これはいいことだ。しかし、安倍総理は決して勘違いをしてはいけない。今回の件では日本側が折れたために、両国の関係改善ができるようになったと決して思わないことだ。むしろ安倍総理のとんでもない思い違いによって、ここまで日韓関係が悪化したことを深く反省しなければならない。

それにしてもこの件で日本社会の危うさというものをあらためて感じざるを得ない。日本の社会ではまいどのことのように「空気」というわけのわからないものが、われわれの考え方を縛りつけ、いつのまにか知らない間に奇妙な考え方が常識のような顔をして幅を利かすことがあるということである。韓国に対して日頃から悪い感情を抱いている人々は事実数多くいるのだろう。しかし、彼らの感情が日本人すべての感情であり、その感情に同意しない者たちは「反日分子」であると決めつけられるほど、それが常識的であるなどという考え方がわずか1,2年の間に人口醸成されて、この社会の空気のようになってしまい、多くの雑誌や出版社がその人工醸成された空気に文句もいわずにしたがってゆくというこの奇妙な文化はあまりに危うくはないだろうか?

話題を安重根に戻したい。安重根は誰がみてもテロリストであるに相違ない。しかし、日本の一部の人々の間でも彼は偉大な人物であると思われてきた。ただ安重根を偉大な人物であると評価する日本人と彼を独立の英雄として称える韓国人の評価は決して同じではないことを知るべきだ。当然のことながら韓国人は決して日本人的な価値観(すなわち日本教)で安重根を評価しているとはいえない。安重根はテロリストではあるが、卑怯な人物ではなく、祖国を愛するが故に自分の命を捧げた人物だったとして、一部の日本人の間でも評価されているのではないか。そのような評価の仕方はもちろん韓国人にとっても同じようにあるかもしれないが、われわれ日本人には決して分からない韓国人の安重根評もあるはずである。それは戦前の日本の植民地支配下で韓国民が日本人に対してもたざるをえなかった“恨”という民族感情からくるものではないだろうか。

日本人にはどうしてもこの韓国人がもつ“恨”という感情の中身がわからないのである。むしろ日本人の価値観では「恨み」は「水」に流すべきものとされ、いつまでも過去の恨みに捉われている者は最低の人間だと評価される。しかし、このような考え方は分かりやすく言うと「いじめっこ」の論理である。「いじめっこ」には「いじめられっこ」の屈折した感情を決して分からない。これは説明のしようがないし分りようもないものである。「いじめっこ」の論理というのは加害者の論理である。加害者には被害者の気持ちは絶対に分からない。たとえばオウム教徒に殺された側の遺族の人々の感情を殺人者に分かれといっても無理なように、加害者と被害者の感情というものは絶対に分かり合えることはなく、水に流すこともできないものである。この場合、被害者の恨みを解決する道は自ら報復(復讐)するか又は第三者の助けを借りて罰を与えるしかない。かつての日本社会では復讐が正当な行為であるとみなされていたが、法治国家になってから復讐は許されないものとなり、その代わり個人に代わり国家が裁判によって罪を罰するという方法が採られるようになった。これが、そもそも裁判の意味である。

赤穂浪士は自力による「復讐」という手段によって主君の恨みを解いたのである。この赤穂浪士の物語が日本人に支持されてきた理由は純粋な「復讐」は決して違法な行為ではないという本音の考え方があるからだろう。それゆえ彼らは「義士」といわれるのであろうが、日本人にとっての「正義」というのはここまでのものでしかない。主君のために自分の命を捧げること、それが日本人にとっての「正義」に他ならなかった。しかし、「正義」の意味は韓国人の場合まったくそのような次元のものとは違うのである。なぜなら韓国人にとっての「正義」は個人的なものではなく、民族的なものだからである。「正義」というのは「不義」を成した者に対して、それ相応の罰を与えることに他ならない。しかし韓国人が日帝の植民地支配によって味わったあらゆる屈辱(すなわち“恨”)は、それを晴らす方法が彼らにとってもまったく想像もできないのである。彼らにとって光復日、すなわち日帝の支配から脱することができた日(8月15日)は唯一その恨みを晴らした日として記憶される日ではあるが、しかし、その日は彼らが日本の植民地支配から自力で脱け出したわけではなく、あくまでもアメリカの力を借りて間接的にもたらされた日にすぎず、その意味では決して光復日は完全な意味における光復日とはいえないのである。したがって韓国民の“恨”は今現在でもまったく変わらずに残ったままなのである。

朴槿恵大統領が「被害者と加害者の立場は1000年経っても変わらない」と演説したのはそのような理由によっていることをわれわれは気づくべきだ。したがって、これは日本的な「なんでも水に流そう」という価値観では説明できないのである。こんなことをいうと、日本人はアメリカの原爆や東京大空襲で韓国民よりもひどい目にあっているが、決してアメリカを恨んでいない、だから日本人は韓国人よりも立派だ、と百田尚樹のような人がいうだろう。しかし、加害者と被害者の立場というのはたとえ原爆を落とされた側になっても百八十度転換することはないというのが「正義」の厳正な意味である。これ以上深入りすると、宗教的な神学論のようになるのでやめておくが、先ごろ米国国務省が百田尚樹の指摘(「東京裁判は大虐殺をごまかすための裁判だった」)に対して「不合理な示唆だ」としたのは、そのような意味であろう。これを分かりやすく言うと、「日本が先の戦争において加害国であったという立場はそのために原爆を落とされたという悲劇的経験をしたとしても変わらないはずだ」という主張である。これは不条理といえば不条理かもしれない。しかし、アメリカ人が信じる「正義」というのは、そのようなものであるということを知る必要がある。そのような考え方の背景には「罪と罰」に対する聖書的な教えがあるということも知っておいた方がよいかもしれない。ちなみに現在の韓国人の三人に一人はクリスチャンであり、安重根もカトリック教徒であった。

それに対して日本人すなわち日本教徒の「正義」というのはあまりに観念的または一種の「美学」だと思われている節がある。いずれ書いてみたいと思っているが、日本教には「善」と「悪」という明確な概念がなく、したがって日本人にとっての「正義」というのは「善玉」が「悪玉」を駆逐するというアメリカ的な考え方ではなく、それは一つの「美学」のように思われているのではないかという気がする。赤穂浪士の話にしても、決して「善玉」と「悪玉」を峻別しているわけではない。要するに日本教では「私心がない」ということが「美しく」、「正義」という意味も「私心のなさ」とイコールで結ばれているのではないであろうか。そのような意味で日本の一部の人々が安重根を「私心のない」人物だったとして評価しているのではないかという気がする。

一方、アメリカ人の考え方には「善(good)と悪(evil)」という概念が強烈に存在するのであるが、ほとんどの日本人には善(good)の意味は分かっても悪(evil)の意味がよく分からない。バイブル(特に旧約聖書)を全巻読んだことのある日本人はほとんどいないので、これは当然のことかもしれない。バイブルの教えというのは「悪(evil)」の存在に対する神の徹底した戦いを描いたものであると、単純化すればそうみることも可能である。アメリカ人にとって共産主義者が「悪(evil)」であったのと同様、ヒトラーや日本軍国主義者も「悪(evil)」そのものだったのである。だからこれと対決しなければならないというのがアメリカ人の使命感であった。現代の日本人はウォルト・ディズニーのアニメや文化に強い憧れをもっているが、それらはキリスト教を背骨にしたアメリカ的ヒューマニズムの発露であるということをほとんどの日本人は知らない。だからウォルト・ディズニーが一方では熱烈な反共主義者であったということに違和を感じる人がいるかと思えば、日本の反共主義者がアメリカ人から右翼呼ばわりされることに対しても違和を感じるというように、決して両者の価値観は交わることはできないのである。

最後に先の安重根に関する毎日新聞の記事に少し戻るが、安重根は元々親日派であったというのは事実らしい。彼は日本がロシアを打ち負かしたことに対して強く勇気づけたれ、『東洋平和論』という書を記していたといわれる。これは韓国、中国、日本が連帯をして欧米の帝国主義に対抗しようという大理想であった。以前にも紹介したように、この考え方は勝海舟が維新前から考えていたことであったが、日本人の勝海舟が日清戦争ですでに日本側の韓国侵略の意図を認識していたにも関わらず、一方、安重根は日露戦争までそれに気づきもせず、日本をアジアを解放する強い味方だと信じていたそうなのである。ところが日露戦争後に日本がやったことは、ことごとく安重根の理想に反することばかりであった。日本は決してアジアを欧米帝国主義から守るためにそれをやっていたのではなく、むしろその逆であった。すなわち日本こそが新たな帝国主義者であり植民地主義者だったのだということに気づいたのである。これは安重根にとって耐えがたい失望であり、可愛さ余って憎さ百倍にもなったとして当然だったであろう。

尚、日露戦争後から韓国併合に至る経緯については、いずれまたこの続きを書きたいと思っています。
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