3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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「はだしのゲン」の描写は不適切か?

この数日前から松江市教委が「はだしのゲン」を閲覧制限にしたという新聞やテレビのニュースがさまざまな波紋を呼んでいる。「はだしのゲン」というと、広島の原爆被害を非常にリアルに描いた漫画であり、世界各国で愛読されている名作漫画であるといわれている。私は手にとって読んだこともなく、ほとんど何の知識もないので、はじめはなぜこの話題が波紋を呼んでいるのかよく分からなかった。テレビのニュースをみていると、「はだしのゲン」の描写はあまりにリアルで衝撃的であるから、心が傷つきやすい繊細な子供達にはすすめられないという市教委の配慮があったのだろうと私は思っていた。それなら当然ではないかと思っていたのである。しかし、後日同じ話題を伝える新聞をよく読むと、市教委によって問題とされたのは実はそういうことではなく、「はだしのゲン」を子供達にすすめられないのは別の「理由」があると知って唖然とせざるをえなかった。

その「理由」というのは、日本軍が過去中国で行った根拠のない残虐行為をさも事実であるかのように描いているのが問題だというのである。すなわち「はだしのゲン」を子供たちにすすめられない理由は、その描写があまりにリアルであるためではなく、逆に「リアルではない」からだということである。つまり松江市教委の人々にとっては、日本軍が中国で行った残虐行為はリアルではない(すなわちそれは現実ではない)ので、子供たちに誤った歴史観を伝えてしまうことになると考えて、子供たちにはすすめられないというわけなのである。もう少し具体的にいうと、漫画の中で特に問題とされたシーンは日本軍が中国人の首をはねているシーンと中国の女性を日本軍がレイプしているシーンが特に問題となったようである。

もしこれが本当だとすると、このニュースが大問題になるのは致し方あるまい。そもそも漫画の題材が事実に基づいているのかどうかということが問題にされること自体が問題であろう。そんなことをいうと漫画家は好きなように漫画を描けないということになる。これは憲法に保障された表現の自由に抵触する大問題である。しかし、この問題はそういう抽象論だけではなく、そもそも問題とされた描写が事実に基づいていないという教育委員会による安易な決めつけがあったのだとすると、こっちの方がよほど問題である。つまりこの問題は二重の問題を含んでいるのであるが、後者の方がより問題ではないかと思う。「はだしのゲン」の中で日本軍が中国兵の首をはねているシーンとか女性をレイプしているシーンが事実に基づかないと考えられているとすれば、それこそが重大な問題なのである。

「はだしのゲン」の中で「日本軍が中国人の首をはねる」というシーンが決して作り話でもなんでもなく、具体的な日本人の証言に基づいていることを確認しておきたい。そのようなシーンを目撃した人もあれば、自ら誇らしくそのような行為を行ったことを日記に記している兵士たちの資料も残されている。以下、2例のみ紹介しておこう。

便衣兵と判定された中国人たちは、下関などで処刑されたが、この時期の処刑風景を何回か目撃した一人に、飛行第八大隊付の井出純二軍曹がいる。その手記の一部を紹介しよう。「さていよいよ処刑が始まった。日本刀もあれば下士官用のダンベラを振りかざす者もいるが、捕虜はおとなしく坐りこんでいる。それを次々に斬って、死体を水面にけり落しているのだが、ダンベラは粗末な新刀だから斬れ味は悪い。一撃で首をはねることができるのはかなりの名人で、二度、三度と斬りおろしてやっと首が落ちるのが大多数、念入りにやるのも面倒くさいのか、一撃して半死半生のままの捕虜をけり落していた。傍まで行くと四十歳前後のヒゲの応召兵が『戦友○○のカタキ討ちだ。思い知れ』と大声で怒鳴りながらダンベラをふるっている。私に気づくと『航空隊の人よ、少し手伝ってくださいよ。手首も腕も疲れた。頼みますよ』と言われたが、30分近く見物した後で胸が悪くなっていた私は……手を振って早々にその場を離れ去った。」(井出「私が目撃した南京の惨劇」)秦郁彦著「南京事件」P167-168

(以下の資料は南京陥落前に南京を目指して行軍していた日本軍兵士堀越文雄の陣中日記である。)
11月20日
昨夜まで頑強なりし敵も今は退却し、ところどころに敗残兵の残れるあり。とある部落に正規兵を発見し、吾はじめてこれを斬る。まったく作法通りの斬れぐあいなり。刀少し刃こぼれせり。惜しきかな心平らかにして人を斬りたる時の気持ちと思われず、吾ながらおどろかれる心の落ち着きなり。西徐野に一泊す。敵はほとんど退却す、残れるものは使役に服せしめ、又は銃殺、断首等をなす。いかりの心わかず。心きおうことなし。血潮を見ても心平生を失うことなし。これすなわち戦場心理ならんか。(笠原十九司著「南京事件」P98-P99)


松江市教委の先生方はこのような資料があるという事実をご存じなかったのであろうか?

そもそも斬首は昔から日本の武士が伝統的に行ってきたことであり、切腹の際の介錯にしても海外から異様に思われるのは無理のないことであり、日本では人間の命を断つときに斬首という方法が一般的にとられてきたのは明らかな事実ではないか?もちろんそのような殺し方は古くは世界中どこでもあったが、銃殺が一般的になった近代以降の世界では日本以外の国ではあまり行われていない。しかし銃殺が戦場での一般的殺害方法となった中でも、日本人は中国等の戦場でごく普通に行っていたのである。このような殺害を行ったことがリアル(現実)でないとはいえないであろう。もちろん銃殺と斬首のどちらが残酷なのかということは一概にいえない。

日本軍の殺害方法の残酷さというと、もっとひどいものはいくらでもある。たとえば中国人を銃剣で串刺しにしたあと、まだ生きているにもかかわらずガソリンをぶっかけて焼き殺すという方法がかなり一般的に南京城内の至るところで行われていたことが推定される。というのはラーベ氏が報告しているように、銃殺の場合は音が響くために周囲の人間に気づかれるので、民家が集合している南京城内ではできるだけ周りに気づかれないように、そのような方法がとられていたらしいのである。これはたまたまその処刑現場から逃げ出すことに成功した人々の生々しい証言があったとラーベ氏が記しているので事実とみてまちがいないであろう。


十二月二十七日
……鼓楼病院に今日、男が一人、担ぎ込まれてきた。五か所も銃剣で刺されている。金陵中学の難民収容所では、およそ二百人の元兵士が選び出されたのだが、そのうちの一人だという。この元兵士たちは。射殺されたのではなく、銃剣で突き殺されたのだ。目下、この方法が取られている。さもないと、我々外国人が機関銃の音に耳をそばだてて、なにがあったのか、とうるさいからだ。

十二月二十八日
……。今日、ほうぼうから新たな情報が入った。あまりの恐ろしさに身の毛がよだつ。こうして文字にするのさえ、ためらわれるほどだ。難民はいくつかの学校に収容されている。登録前、元兵士がまぎれていたら申し出るように、との通告があった。保護してやるという約束だった。ただ、労働班に組み入れたいだけだ、と。何人か進み出た。ある所では、五十人ぐらいだったという。彼らはただちに連れ去られた。生き延びた人の話によると、空き家に連れて行かれ、貴重品を奪われたあと素裸にされ、五人ずつ縛られた。それから日本兵は中庭で大きな庭に火をつけ一組ずつ引きずり出して銃剣で刺したあと、生きたまま火の中に投げ込んだというのだ。そのうちの十人が逃げ延びて、塀を飛び越え、群衆の中にまぎれこんだ。人々は喜んで服を呉れたという。これと同じ内容の報告が三方面からあった。もう一つの例。これはさっきのより人数が多い。こちらは古代の墓地跡で突き殺されたらしい。ベイツはいまこれについて詳しく調べている。ただ、いざ報告するときは誰から聞いたか分らないよう、よくよく気をつけなければならない。知らせて来た人にもしものことがあったら大変だ。……


しかし、それにしてもなぜこのように日本軍の残酷な処刑方の一次資料がいくらでもあるにもかかわらず、松江市教育委員会の人々はそのごく一部を描いた「はだしのゲン」に対して「根拠がない」といえるのであろうか?彼らはそれらの資料の存在を知らないのであろうか?

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松江市教委に問題とされたシーン

ちなみに下の2つのシーンは次のような資料に依拠しているものと思われる。

命令の有無はともかく、住民の無差別殺戮は現実に横行した。第十軍に従軍した前記の河野カメラマンは、「川沿いに、女たちが首だけ出して隠れているのを引き揚げてはぶっ殺し、陰部に竹を突き刺したりした。杭州湾から昆山まで道端に延々とそういう死体がころがっていた」(「証言記録三光作戦」46-47P)秦郁彦著「南京事件」P72

中山門外で別の処刑風景を目撃した小原予備主計少尉(第16師団経理部)は次のように記す。
「最前線の兵七名で凡そ三百十名の正規軍を捕虜にしたので見に行った。色々な奴がいる。武器を取り上げ服装検査、その間に逃亡を図った奴三名は直ちに銃殺、間もなく一人ずつ一丁ばかり離れた所へ引き出し兵隊二百人ばかりで全部突き殺す…中に女一名あり、殺して陰部に木片を突っ込む。外に二千名が逃げていると話していた。戦友の遺骨を胸にさげながら突き殺す兵がいた」(小原立一日記 十二月十四日)秦郁彦著「南京事件」P121



・・・と、ここまで書いていると、喫茶店でたまたま本日の読売新聞の社説を目にした。以下のように書かれているのである。

原爆の悲惨さを描いた漫画家・中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」について、松江市教育委員会が市立小中学校に閲覧の制限を要請したことが波紋を広げている。現在、松江市内の大半の学校図書館では、教師の許可がないと子供が自由にこの作品を読むことができない状態が続いている。市教委は生々しい原爆被害の場面ではなく、旧日本軍にかかわる描写の一部を、過激で不適切と判断した。アジアの人の首を面白半分に切り落とす。妊婦の腹を切り裂いて、中の赤ん坊を引っ張り出す。女性を惨殺する、といった描写についてだ。成長過程の子供が本に親しむ小中学校図書館の性格を考えて、市教委がとった措置と言えよう。憲法は、表現の自由を保障し、検閲を禁じている。市民が広く利用する一般の公立図書館で蔵書の閲覧を制限することは、こうした観点から許されない。ただ、小中学校図書館を一般図書館と同列に論じることは適切ではあるまい。作品が子供に与える影響を考える必要がある。心身の発達段階に応じた細かな対応が求められるケースもあるだろう。下村文部科学相が「市教委の判断は一つの考え方。教育上の配慮はするべきだと思う」と述べたことはもっともである。「はだしのゲン」は、広島での中沢さん自身の被爆体験が基になっている。肉親を失った主人公の少年が困難に直面しながらも、たくましく生き抜く物語だ。1973年に週刊少年ジャンプで連載がスタート、掲載誌を替えながら、10年以上続いた。単行本はベストセラーとなった。約20か国語に翻訳・出版されている。連載当初は、広島の被爆シーンがリアルすぎるとの批判もあったが、そうした描写こそが原爆の惨禍の実相を伝えてきた。被爆者の高齢化が進み、戦争体験の継承が大きな課題になっている中、「はだしのゲン」が貴重な作品であるのは間違いない。その一方で、作品の終盤では、「天皇陛下のためだという名目で日本軍は中国、朝鮮、アジアの各国で約3000万人以上の人を残酷に殺してきた」といった根拠に乏しい、特定の政治的立場にも通じる主張が出てくる。表現の自由を尊重しつつ、同時に教育上の影響にも目配りする。学びの場で児童生徒が様々な作品に接する際、学校側がどこまで配慮すべきかという問題を、松江市のケースは投げかけている。(2013年8月25日01時25分 読売新聞)

この社説の真意をただすために早速読売新聞本社へ電話をしてみた。電話にでられた方は40代の読売新聞の社員(男性)だそうである。以下、どういう会話のやり取りをしたのか簡単に記しておく。

私:今日の社説について納得しかねるので電話をしました。

読売社員:ご意見はどういうことですか?

私;社説というのは記者の名が記されていないので、これは読売社員一同の考えというように理解してよいのでしょうか?

読売社員:はい、そうです。私もその社説を読んで問題はないと感じました。

私:私にはそれが理解できません。一部の方の意見であるなら、しょうがないと思いますが、社員一同がこのような考え方に賛同するというのは、どうも理解し難いです。

読売社員:どこが問題なのでしょうか?

私;この「はだしのゲン」の中で日本人が中国人に対して行った残酷なシーンの描写がなぜ不適切なのか、なぜその部分だけをとりあげて子供たちに悪影響を与えるかもしれないと考えるのか、それが理解できないのです。

読売社員:わたしもそのような描写は不適切ではないかと感じました。

私:なぜですか?

読売社員:それは根拠がないと思うからです。

私:え?・・・それでは聞きますが、貴方は秦郁彦氏を御存じですか?

読売社員:知りません。

私:え?知らない?・・・私にはそのことが信じられません。読売新聞に20年以上在籍されている社員の方が秦氏の名前も知らないとは驚きです。秦氏の本を読んでみてください。「はだしのゲン」に描写されているような残酷なシーンの資料がいくらでも書かれています。それらは勝手な想像でありません。すべて当時の南京の現場にいた人々の目撃証言であったり、あるいはそのような虐殺行為を行った下級兵士の戦中日誌を集めたものです。・・・ついでに、もう一つ聞きますが、「ジョンラーベ」をご存じですか?

読売社員:え?ジョン・・・?

私;「ジョンラーベ」です。当時の南京国際安全区の代表をされていた方です。ちなみに彼はドイツ人でナチの党員でした。その方が日記を残しています.・・・

読売社員:悪いですが、他の電話がありますので、もう切らせてもらいます。

私:え?逃げるんですか?

読売社員:いえ。他の電話もありますので・・・

私:わかりました。最後に秦郁彦氏の本はぜひ読んでください。これは必読書です。中公新書からでている「南京事件」という本です。

読売社員:中公新書というと読売新聞の本ですね!

私:ちがうでしょ。中央公論社の本ですよ。

読売社員:いえ、その中央公論社を読売新聞が買収しました。

私:あ、そうですか。

読売社員;はい。では切ります。


大体、以上のような会話であった。

読売新聞の40代の社員が秦郁彦氏やジョンラーベの名前も知らないとは驚きであり発見でもあった。少なくとも南京事件について何事かを断言するためには最低限彼らの著書には目を通すべきであろう。しかも一度や二度ではなく、何度も目を通してそこに何が書かれているかということを頭に叩き込んでおくべきだと思う。それが新聞記者の務めではないだろうか?

そのような基本的知識のない大手新聞社の社員が「そのシーンには根拠がない」と言い放つのだからおそれいる。マサカだとは思うが、もしかすると社説の主も読んでいないのではあるまいか?もちろんそんな不勉強なことで社説が書けるとは思えないのだが、そうとでも仮定しなければあのような事実誤認の文章を書けるとも思えない。ついでながら、おそらくは下村文部大臣や松江市教育委員会の方々も読んではいないのであろう。何も知らないからこそ、そのような話を作り話であると信じ込んでしまうのであろう。

ちなみに読売新聞社の名誉のために付け加えておくが、1か月ほど前にも従軍慰安婦問題の社説について電話で論じ合ったことがあった。そのときは、おそらく60代以上の年配の記者の方であったと思う。私は「従軍慰安婦制度に強制性があったかどうか疑問」とする社説について、次のようにいった。「そもそも戦地へ強制ではなく自らすすんで身を売りにいく女性がいると思いますか?」と。その記者は次のように答えた。「あなたのような意見を電話でお聞きするのは非常に珍しいのですが、わたしもあなたの意見に同感です。」と答えてくれた。ついでに、その記者に南京虐殺事件についてどう思うかと尋ねると、「虐殺があったのはあたりまえのことです。証拠映像も残っているのですから。…そもそも日本は侵略国家でした」と付け加えた。これはわざわざ紹介するまでもなく新聞記者としてはあたりまえの考えであると思うが、今日の電話で応答してくれた読売社員の方は、たまたま何も知らない社員だったのか。それとも彼のような社員(記者)が普通なのか、どちらかは分からない。ただし、先の年配の社員もラーベの日記については、ほとんど知らなさそうであったので、おそらくはその程度の知識しかないのであろうと思う。これが朝日新聞や毎日新聞となると違うのだろうか?
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