3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(10)純粋人間の純度表

下に公開した座標系は決して真面目に考えた結果ではないですが、今が旬の政治家達(旬ではない政治家もいるが)の純粋人間度を表にしたものです。左右の線はイデオロギーを指標にして右が右翼度(保守系度)、左が左翼度(革新系度)を表します。また上下の線は上が「私心のなさ」を表す指標で、下が逆に「私心がある」を表す指標です。

JUNSUI.jpg


すべての日本教徒に「純粋人間」として評価されるためにはイデオロギー的に保守的であると同時に「私心がない」という二つの要素が求められます。純粋人間度を表す斜めの線がやや上向きになっているのは、イデオロギーよりも、むしろ「私心のなさ」の方が純粋人間としての評価に強く関係していると思われるからです。

ただし、だからといって各政治家の「私心のなさ」が表の通りだとは考えないでください。これはあくまでも一般のイメージにしたがっただけであり、しかもそれを極個人的に解釈しただけのものであり、そこには何の根拠もありません。同じように誰々のイデオロギーの指標についても、まったく根拠はありません。

だから、これは一つの知的遊戯だと考えていただければ幸いです。

尚、「純粋人間」とはいったい何を意味するのかということは、本章(第七章三節以下)に詳しく書いていますので、そちらを読んでください。日本教の支点に存在するのは完全な「純粋人間」としての天皇の存在に他なりませんが、政治家たちも当然その天皇を崇拝しなければ国民(すなわち日本教徒)から正しく評価はされません。したがって政治家は必ず天皇を崇拝し、自らもまた天皇のように純粋人間たらんとします。

したがって共産党や社民党の政治家のように、天皇制自体を否定するようなイデオロギーの持ち主は、どんなに「私心のない」人物であったとしても、「純粋人間」としての評価は低く、決して一般国民の支持を受けることはありません。同じように、イデオロギー的には多少右寄りであったとしても、小沢一郎氏や麻生元総理のように「私心がある」とみなされた人物も「純粋人間」としては評価されず、国民の支持を受けることはありません。

JUNSUI2jpg.jpg


上の表は、座標にある斜線の純粋人間度を横にならべた結果です。この結果、維新の石原慎太郎代表はもっとも「純粋人間」として評価される存在だと考えられます。ただし、だからといって彼がもっとも人気があるとは限りません。それは決して国民の人気度の指標ではないということをご理解ください(人気と無関係だとはいえませんが)。

ただし、一つ言えることは「純粋人間」として評価される政治家は天皇のように誰からも謗りを受けず、あたかも小天皇のようにふるまえるということです。たとえば石原慎太郎氏は少々の過激発言があっても、決して誰からも謗りをうけないということをみれば分かります。純粋人間度が高い小泉元総理や橋下大阪市長も同じような評価があったとみなされます。逆に純粋人間としての評価が低い政治家は少しの脱線発言でも謗りを受け、非難される傾向があります。純粋人間としては中間の位置にある政治家は特にその種の批判を受けやすい政治家であるといえるでしょう。

この表が意味することは、機会があればいつか再考したいと思いますが、とりあえず以上のような趣旨があることをおことわりしておきます。
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