3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(7)恩田木工と美濃部都知事

ベンダサンによると「純粋人間」の見本となる人物は実にさまざまである。分かりやすいところでは幕末の英雄西郷隆盛がそうであり、そして5.15事件や2.26事件の青年将校がそうであり、そしてまた1970年に市ヶ谷の自衛隊駐屯基地でアジ演説をしたあと衝撃的な割腹自殺を遂げた三島由紀夫がそうであったとされている。いうまでもなく彼らに共通しているのは尊王思想である。天皇というのは日本教すなわち天秤の世界の支点に位置する存在であり、「純粋人間」そのものいってもよい存在である。したがって、その天皇を奉じることは「純粋人間」にとっては、絶対に必要な条件であると思われる。しかしながら、ベンダサンによると、それは必ずしもそうとはかぎらない。なぜなら一見天皇制を否定するような人物が「純粋人間」とみなされる例もあるからだ。

その例が美濃部(旧)東京都知事である。美濃部東京都知事というのは、戦前の有名な憲法学者美濃部達吉の長男であり、東大教授を経て1967年~1979年まで東京都知事を務めた。当時、非常に庶民的な人気のある知事であり、おそらく現在の石原都知事よりも人気があったのではないかと思われる。ベンダサンが「日本教について」の中で特に美濃部氏を例に挙げているのは、まさに本書が書かれた時期に絶頂期にあった政治家の一人だからである。

ただし、ベンダサンは彼の人気にあやかろうとしたわけではもちろんない。ベンダサンが彼を「純粋人間」の例として取り上げたのは、彼の人気の秘密を解き明かすために他ならない。これは現在のわれわれの社会の現象を読み解くことと同じである。たとえば橋下大阪市長がなぜ異常な人気を集めているのかという話題、あるいはかつての小泉総理の人気についてもいえるかもしれない。

ベンダサンによれば、当時の美濃部都知事が人気を博したのは彼がまさに「純粋人間」として評価されたのだということになる。ただし、イデオロギー的には彼はマルクス経済学者であり、いわゆる革新知事と言われた代表者である。当時は京都では共産党の蜷川知事が、大阪でも革新派の黒田知事が、そして神奈川では飛鳥田革新知事がそれぞれ人気を博していた。もちろん国会では自民党が圧倒的多数派を握ってはいたが、社会党もそれなりの勢力があり。共産党も今よりもはるかに勢いがあった。社会主義や共産主義の神話が崩れつつあった時代ではあったが、ソ連ではブレジネフの長期政権がいまだ続き、中国は毛沢東と周恩来の政治が続いていた。そのような国際情勢の中で日本のマスコミは左翼色が強く、いわゆる知識人というと必ず「進歩的」という形容詞がつくほど左翼的知識人が多かった時代である。そのような風潮の中でイザヤ・ベンダサン(または山本七平)は、皮肉にも異色の保守派知識人として誤って(?)認知された時代であった。

そんな時代の寵児のような存在であった美濃部都知事を保守派(?)のベンダサンが「純粋人間」の見本としてあげているのは、いったいいかなる理由があったのであろうか?その文章をいくつか引用してみよう。ただし、いきなり美濃部都知事に入る前に、徳川時代に小さな藩で財政の立て直しをやった恩田木工という人物について詳しく触れられているので、その人物についてまず紹介しておきたい。

恩田木工は徳川時代に小さな藩の財政建て直しをやった人ですが、彼の再建方法を一口でいえば、まず第一に「債権は一切帳消しにする」でした。二年先、三年先まですでに租税を納めている者に対して、「これはお上の取り得だ」といい、第二に俸給を三分の一しか払ってなかった政庁の武士たちに対しては、その未払い分は取り消しだとしました。第三に、金を借りた町人に対しては、支払は無期限に延期(お前たちの子孫に払えることもあろう、といって)と宣言しました。ただ租税の納付不能な者には、その未納分を徴収しないといいました(ただし、これは実績はありません)。これだけ言った上で、当年分の租税は月割にして完納せよ、と言ったわけです。(P128)

このような荒治療を行った恩田木工という人物は不思議なことに誰にも恨まれず、逆に領民から喜んで歓迎されたようである。その秘密はいったいどこにあるのだろうかという問いに対して、その答えは恩田木工が自ら「純粋人間」であることを証明したことにあるとベンダサンは書いている。

対話をはじめる前に彼はまず「純粋人間」であることを立証しようとします。そのため必要とあれば妻と離別し、子を勘当し、使用人をいっさいやめさせ、衣服その他はすべて新調せず、最低の食事、最低の生活も辞しません。ついで自分の行為も言葉もすべて「純粋に領民のことのみを考えていること」を立証しようとします(話は横道にそれますが、前述の桂首相も岸首相もこの点では失格で、この二人を日本人はもっとも純粋でない日本人と感じております)。さて、この立証が終わると次に領民との対話集会に入ります。(P130)

つまり恩田木工という人物は自らが「純粋人間」であることを証明するために、自分には一切「私心がない」ことを証明してみせるのである。この恩田木工の姿は今現在の大阪市長の姿にも重なるのであるが、それはまたいずれ述べることにしよう。ここでベンダサンは美濃部都知事についても同じような手法がとられたということを指摘している。

美濃部氏の場合も同じで、選挙に際してまず氏が「純粋」であることが、家系及び経歴などを通じてあらゆる面で強調されます。この点では日本はいまだに家系が大きな力をもっていることを、まざまざとみせつけられました。次に氏が「純粋に都民のことのみを考えていること」を立証しようとします。すなわちある種の政党に所属すれば、政党のことを考えて、都民のことを「純粋に」考えてくれないであろう(これは実に面白い考え方です)という危惧を打ち破るため、氏自身、自分は都民党であると宣言します。もちろん、そういった政党は現実には存在しません。存在しないがゆえにこの言葉は、氏が「純粋」であると説得する力があるのです。その上で都民との対話集会が開かれるのですが、・・・・(P130)

恩田木工はこの方式で自分の行おうとすることはすべて「純粋に」国民のためのみであることを、一歩一歩と立証してゆきます。そして前述しましたような、実に考えられないような再建案を、全員が喜んで承諾するに至らしめるのです。しかし、彼の行ったことは、当時の法律から見て法律違反でありかつ契約の一方的破棄です。しかし二人称だけの世界には、この対話をする両者を共に律する第三者の法は、はじめから入る余地がありませんから、これは問題になりません。従って法に違反し、契約を破棄した者は称揚され、法の通りに行った者は逆に非難されるわけです。(P135)

美濃部都知事の対話集会も原則はこれと同じで、都民を二人称の関係に持ち込むことに成功しました。前述のように日本では「民主的」とはこの関係のことを言いますので、最も民主的な政治家として―ということは、最も天皇制的な政治家ですから、当然、天皇についで人気があり、また天皇に似た人気のある政治家になりました。(P136)



上段でベンダサンが美濃部都知事の家系について云々しているのがどういう意味なのかということを説明しておきたい。すでに紹介した通り美濃部都知事は戦前の有名な憲法学者・美濃部達吉の長男である。美濃部達吉というと歴史の教科書でも「天皇機関説」を唱えた学者としてその名前を知る人も多いだろう。美濃部達吉の「天皇機関説」は昭和10年頃を境に国粋主義者から批判の矢面に立たされた、ある意味で軍部台頭のきっかけを与えた学説であった。そうみると「天皇機関説」というのは反天皇制の学説であるかのように思われるかもしれないが、決してそんなことはない。美濃部達吉はもともと貴族院議員であり天皇制を奉じる保守派の代表的な学者であった。にもかかわらず天皇機関説がやり玉にあげられたのは、その学説を故意に曲解した輩が多かったからである。なぜなら「天皇機関説」によると、天皇は国家の最高機関であると解釈されるので、決して反天皇制ではないのである。ちなみに美濃部達吉は戦後の国民主権を定めた憲法改正には天皇機関説の立場から強く反対したといわれている。

ベンダサンが美濃部都知事の家系が「大きな力をもっている」と書いているのは、おそらく美濃部氏の家系が戦前から由緒ある家系であるというだけではなく、戦前の天皇の地位を定めることに重要な貢献をした憲法学者の嫡男であるという家系の力をも意味しているのだろう。つまり当時の美濃部都知事にはたとえ左翼的な言動があったとしても、その氏素性においては天皇制を奉じる家系に生まれ育ったのであるから、彼はまさに日本教徒の「純粋人間」たるべき資格を有するのである。

本来、日本教徒としては天皇制を否定するイデオロギーは許されないはずであるが、しかし天秤の支点の位置は時代によって変わるとベンダサンがいうとおり、天皇の位置は必ずしも不変ではなく、それと同時に天秤の皿も左右に動くわけであるから、時代が変われば日本教徒の「純粋人間」の純度を測る基準も異なってくるのである。戦後の日本は天皇の地位が国家の主権者から単なる象徴へと格下げされた以上、われわれ日本人の天皇観も異なってくるのはやむをえない。しかしながら、時代がいかに変わろうとわれわれが日本教徒であるという事実そのものは不変である。このことは忠臣蔵が江戸時代から今日の時代に到るまで支持されてきた事実をみるだけでも納得できるのではないだろうか。要は日本教徒にとって「純粋人間」とは、必ずしも天皇を奉じる純度によって測られるわけではなく、そのようなイデオロギーとは別の基準もあるのであり、それは前にも示した通り―筆者の考えでは―「私心のなさ」という一点に尽きるのではないかと思うのである。ただし、その「私心のなさ」というのは、先にも示した通り、いかなる反日本教的イデオロギーにも従属しないということが最低条件である。たとえば日本共産党の党員がいかに「私心のない」人物であったとしても、彼は日本教徒にとっての「純粋人間」とはみなされない。

さて美濃部都知事が何故に「純粋人間」として評価されたのかというベンダサンの分析に戻って考えてみたい。確かに当時の美濃部都知事は社会党に近い人物であり、その意味では日本教の「純粋人間」にはなじまない人物にみえるのであるが、しかし彼はその「負のイメージ」を払拭するために、ある種の決意を実行するのである。それは彼が都知事選に立候補するにあたって既成政党の御輿に乗ることを一切拒否し、自ら都民党という実在しない党を名乗ったことである。これは現在の橋下氏の維新党と似ているようでもあり違うところもある。美濃部氏の場合は都民党とはいっても、実際にそのような名称の党を立ち上げたわけではない。彼はあくまでも都民のために立候補したのだということ、すなわち自分はいかなる政党とも無関係であるということを証明するために、そのような宣言をしたわけである。これによって、彼はいかなるイデオロギーとも無関係な無所属人間となり、同時にそれによって自らが純粋な日本教徒であることを証明したというわけである。なぜなら日本教の純度表によれば、ある人物が外来のイデオロギーと無関係であることが証明されれば、その人物は自動的に「まじりっけのない日本教徒」とみなされるからである。

次に美濃部氏は恩田木工のときと同じように対話集会を通じて都民との二人称の関係に入る。この対話集会というのはいわゆる討論の場ではなく、あくまでも都民との間に二人称の関係を築くための手続きにすぎないのである。周知のように、この手法は小泉総理のときにも使われたし、また橋下大阪市長(知事時代も含め)も同じ手法をとっている。すなわち彼らはいずれも国民との間に二人称の関係を築くことによって疑似天皇のような立場に立つのである。ベンダサンによると、天皇制というのは天皇と国民が二人称の関係で結ばれている状態を指しているのだという意味のことを以下のように述べている。

天皇制とはまさにこの「二人称」の世界の制度なのです。「天皇が存在するから天皇制なのではなく、天皇制があるから天皇が存在するのだ」という意味の言葉を終戦後の混乱期に坂口安吾という作家が述べております。これは当時、日本を共和制にすべきだという左翼の安易な主張への反論も含めていたと思いますが、この言葉は正しいと思います。日本の宮廷のスポークスマンは言うに及ばず、日本の言論人も、天皇が「純粋」であることに異論を差し挟む者はおりません。おそらく天皇が「純粋」であることは、何びとにも否定できぬ事実なのでしょう。第二に、天皇の行動は常に純粋であり、一点の私心もなく、常に国民のことを考えていることも絶えず強調されます。これもおそらく事実でしょう。そしてここに天皇と国民の間に「二人称」の関係が成立しているのです。すなわち天皇はただ一心に国民のためをのみ思い、国民はただ一心に天皇のためのみを思う、という一つの相互関係、すなわち「お前のお前」という関係は、戦争中の「国民はただ天皇のため」「天皇はただ国民のため」という関係によく表れております。(P133)

このように日本教というのは天皇と国民との二人称の関係によって成り立つ世界である。東日本大震災で地獄のような災害のさなかにあって、なお日本人は礼儀正しさや助け合いの精神を失わず、世界中の人々を驚かせたことは記憶に新しい。そして天皇陛下と妃殿下が被災地を何度も訪れ、国民のために精誠を尽くす姿にわれわれは涙せざるをえないだろう。これはまさにわれわれが世界でも稀有の宗教的素質を有する国民であることを証明している。

しかし、この日本教すなわち天秤の世界には神はどこにも存在せず、ただ人間しかいないのである。この点が日本教の特異な性格なのだとベンダサンは指摘したかったようであるが、それについてはまたいずれ機会があれば書きたいと思う。

問題は、このような日本教の天皇制的二人称システムの中で本来の民主主義や合理的な判断が歪められることがあるという事実であろう。ある政治家が「純粋人間」として高く評価されると、その人物は疑似天皇のような存在になり、誰もその人物を批判さえできない、そのような異常な空気ができあがってしまう。

前述のように日本では「民主的」とはこの関係のことを言いますので、最も民主的な政治家として―ということは、最も天皇制的な政治家ですから、当然、天皇についで人気があり、また天皇に似た人気のある政治家になりました。

事実、美濃部都知事のときも美濃部天皇とまでいわれたのであった。同じことは今現在の日本社会の「空気」の異常性をみてもいえるのではないかと思う。次回は今現在のわれわれの社会で、あたかも疑似天皇のように振舞っている一人の不思議な人物について少し分析してみたいと思っている。
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