3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(1)小沢一郎の正体

小沢一郎というのはある意味で非常に分かりやすい人物である。というのは彼は歴史上に現れた権力者のイメージをそのまま体現しているような人物に見えるからである。古今東西、権力者というのはあらゆる陰謀と策略を使って、目指すところの地位を得ようとしてきた。そして一旦、権力の座を獲得するとなると、その維持のためにはどんな非道な手段も平気であった。これはリビアのカダフィイ大佐やシリアのアサド大統領の姿を思い浮かべるだけでも十分であろう。日本史の英雄といわれる信長、秀吉、家康らにしても自らの権力維持のために、かつての仲間だけでなく親族たちをも平気で犠牲にしている。ヨセフスの「ユダヤ古代誌」等を読むと、権力のためにはたとえ血をわけあった親子や兄弟であろうと平気で殺す、すさまじいまでの権力者の姿が連綿と書き連ねられている。古今東西、権力というものはそれほど人間の目を曇らせ残酷にするものだということが分かる。そこまでして権力を欲しがり、それを維持したいと思わせる権力の魅力とは、いったい何なのであろうか?

人間にとってもっとも強い根源的欲望は金銭欲でも性欲でもなく、実に権力欲なのである。ニーチェはそのような人間の欲望を「権力意志」と名付けた。ニーチェによると、あらゆる人間は「権力意志」をもっているのだが、弱さのためにその意志を実現できないだけなのである。したがって権力の座につくことは弱さではなく強さの証明である。古今東西のあらゆる権力者が権力の座をめぐって闘争を繰り広げてきたのは、自らの強さを証明したいがためであり、それによって弱者を支配するためである。これは人間の本能といってもよいだろう。それはあたかもボス猿の地位をめぐって争う猿と同じである。

ただし、動物が争うのは決して人間のように弱者を支配したいからという不純な動機でないことは知っておかねばならない。動物が争うのはメスを独占したいという単純な動機である。動物は基本的に自らの遺伝子をできるだけ多く残すという遺伝子の利己的目的にしたがって生きている。だからオスはできるだけ多くのメスを独占することにより、多くの遺伝子を残そうとするのであり、メスはメスで、できるだけ強いオスと生殖することによってより強い遺伝子を残そうとするのである。

人間も動物の延長であるから、そのような動物的本能は残っているのかもしれない。たとえば徳川幕府の大奥の存在のように、最高権力の座にあった将軍は多くの女性をしたがえて、さながらゾウアザラシのハーレムのように生きていた。これは徳川幕府に限ったことではなく古今東西共通の現象である。性の乱れには特に厳しいはずの聖書においても、たとえばユダヤ人の王ソロモンは700人の王妃と300人のそばめをしたがえていたとされている。一夫多妻は旧約聖書の中では普通のことと記されており、その影響なのか旧約聖書を信じるイスラム教徒にはいまだに一夫多妻の伝統が残っていたりする。また一昔前までは政治家にとって妾の存在は男の甲斐性として大目にみられていた時代もあったようだが、さすがに一夫一婦制が当然とされる現代社会では不道徳であるという共通認識が支配するようになった。

すでにご存じの方も多いと思うが、今週号の週刊文春で明かされた小沢夫人が支援者に宛て記した離縁状の中に夫(小沢一郎)に妾がいたことを克明に明かしている。現在20歳になる隠し子の存在もいるそうである。ただし、その隠し子は生みの母親ではなく、もう一人別の小沢の妾(有名料亭の若女将だそうである)の養子として育てられ、その妾のために月々の生活費が支払われているという。支払いは子供が二歳半のときからだというので、その金額だけでもおおよそ想像がつくだろう。なんとも古風と言えば古風な話ではあるが、その支払いは元々国民の税金(あるいは闇金?)からでているということを思えば、決して許されるものではない。小沢夫人はこの事実によって傷つき、一時は自殺まで考えたと記している。そしてついに離婚を決意するようになったのだという。

ただし小沢夫人に離婚を決意させたのは夫に妾がいるという事実によるものではない。彼女はその事実を知ってめげそうにはなったが、それでも政治家小沢が日本のために役立つ日がいつか来るかもしれないと思いつつ、じっと忍耐していたのだという。ところがある日を境に夫に対する見方が大きく変わる日がやってくる。それは3.11の大震災後のことである。小沢は故郷であるはずの東北の被災地を見舞いに行くことすらなく、ひたすら放射能を恐れて東京を逃げ出そうとさえしていたというのである。その期間、秘書たちに京都や大阪へ事務所を探しに行かせていたそうである。

小沢信者がいうように夫人の手紙には事実誤認も含まれているかもしれない。しかし、小沢氏が故郷岩手の被災地に足を運んだのは震災から10ケ月も経った今年1月のことである。これだけをみても小沢一郎がいかなる人物なのかということが分かる。もちろん小沢氏はその間、政治家として何もしていなかったのではない。マスコミが連日報道していたように、小沢氏は震災後すぐに菅降ろしの行動を起こしていた。これについては以前にも記したように、実は小沢氏は3.11前から菅降ろしの計画を着々と練っていたのである。その計画は3.11の大震災で一旦頓挫したかにみえたが、震災から一ヶ月もしないうちに復活し、新たな菅降ろしの計画が練られたのである。そのことは小沢夫人も手紙の中で以下のように記している。

「四月に入ってからも家に閉じこもり連日、夜若手議員を集めて酒を飲みながら菅内閣打倒計画をたてはじめました。」

小沢氏が岩手に行かなかったのは放射能を恐れていたからというよりも、むしろ菅降ろしの策動に忙しく被災地の見舞いどころではなかったのではないか。4月か5月頃に小沢氏はグループの前で次のように公言していた。「被災地では選挙ができないので菅さんは解散できないはずだ」。だから衆院で不信任案が可決されれば、菅さんは辞任するしかないはずだという読みがあった。もちろん、この読みは小沢グループだけではなく、自民党や公明党も乗ってくるはずだという計算があった。つまり小沢氏とその取り巻きたちは大震災の只中で政権打倒の策動に夢中だったのである。おもえば、そんな悪だくみの最中に被災地を見舞うなんて殊勝なことができるはずがない。

人は窮地になると本性を現すというが、3.11の大震災後に小沢氏がとった行動はまさにあさましい権力亡者の姿そのものであった。大震災後の混乱に乗じ、彼はあわよくば権力を乗っ取ろうとさえしたのだといえる。小沢夫人が離婚を決意したのは、そのような夫の醜い正体を知ってしまったからであろう。

「かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく、自分の保身の為に国政を動かそうとするこんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています」

(元)小沢夫人のこの言葉をあさはかだとは誰にも言いきれまい。むしろ長年寄り添ってきた良き妻がここまでいわねばならなかった無念の心境を想像すれば、それはどんなジャーナリストの言葉にもまして重いものといわねばならないだろう。
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