3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(2)国民総政治化の危険

故山本七平によると、日本の政治風土というのは明治以来伝統的に官僚による統治が行われており、民衆は基本的には政治的無関心層が大部分を占めていて、官僚にまかせっきりという政治が続いてきた。しかしながら、民衆はある一定の周期で政治に異常な関心をもつようになり国民総政治化ともいうべき民意の盛り上がりをみせる。たとえば戦前では昭和5年頃を境にそれまでは大正デモクラシーといわれるほど自由な空気があった社会が、一変して総政治化してゆく。そのきっかけとなるのは大正12年の関東大震災と昭和初期の世界金融恐慌である。この頃から軍部が台頭して国民の思想をチェックするようになる。それまでは労働者のストも自由に行われていたが、軍部による思想統制が強くなり、自由のない全体主義社会へと突き進んでいった。ただし、その間、軍部は力づくで民意を抑えていたわけではない。むしろその正反対であり、たとえば昭和12年の南京侵攻に際しても、国民は提灯行列でもってその陥落を祝っていた。当時の民衆の民意というのは、中国大陸の戦線不拡大方針をとっていた政府よりもむしろ好戦的であった。その世論の空気にしたがって新聞もますます好戦的になってゆき、ついに昭和16年12月8日で頂点に達する。

ところが昭和20年8月15日の終戦を迎えると世の中の空気は180度ガラリと変わってしまう。民衆は元の自由な個人に戻り政治に対しては無関心になり、個の生活を中心とする非政治的個人へと解体してゆくが、その間、今度は逆向きのベクトルの総政治化へと胎動がはじまり、やがて60年の安保反対を旗印とした左翼運動に世論が異常に盛り上がるのである。ところが60年安保が自動延長となると、世の中の空気はまたガラリと変わり、岸政権を受け継いだ池田内閣の国民所得倍増計画の掛声の下、再び国民は個の生活に戻り政治に無関心になってゆく。しかしその一方でまたベトナム反戦運動及び公害反対運動を旗印とする総政治化へ向かっての胎動がはじまり、70年の安保改定を頂点として再び世論の異常な盛り上がりをみせるのであるが、やがて72年の連合赤軍あさま山荘事件で世の中の空気がガラリと変わり、同じ年、田中角栄の列島改造論によって国民は再び個の生活へと舞い戻り非政治化してゆくという流れになる。

その後の展開をみても(規模は小さくなるが)類似した総政治化と非政治化のサイクルが繰り返し現れていることが分かる。たとえば70年代、田中角栄時代のロッキード事件発覚後、金権政治批判を旗印とした総政治化の動きが胎動するが、その動きはやがて非金権政治を旗印とする細川政権の日本新党ブームとなって総政治化する。その後、95年の阪神大震災とオウム事件の後、新たなベクトルの総政治化の胎動がはじまり、その流れはやがて行政改革を旗印とした小泉ブームで頂点となるが、やがてライブドアの粉飾決算事件を契機に一挙にその政治熱も冷め、ふたたび非政治化へと戻ってゆく。小泉時代はよく劇場型政治といわれたが、その意味は民衆の強い関心を惹く政治という意味であろう。小泉時代は長らく政治に無関心だった民衆に政治に目を向けさせた数少ない宰相の一人である。

このような総政治化と非政治化の周期的サイクルには、どうやら右ベクトルと左ベクトルがあるらしい。大正時代から昭和5年位までは左ベクトルの動きが胎動していたが、天皇機関説批判が始まる頃から、右ベクトルの総政治化へと胎動し、敗戦後から72年のあさま山荘事件までは左ベクトルの総政治化の流れがあったが、その後は右ベクトルへ流れが変わり、現在へと至っているようである。その流れは必ずしも日本一国のことではなく、世界の政治の動きとも連関していることはいうまでもない。第二次大戦までは右ベクトルが強く働いていたが、大戦後は一挙に左ベクトルの向きに変わった。ところが、その流れはやがて80年代の東欧革命によって再び180度くるりと向きを変え、現在に至っている。ただし、ここ数年世界で起こっている様々な出来事は、80年代の東欧革命とは明らかにベクトルの向きが変わった流れであるとみてもよいだろう。特にギリシャの財政破綻によって露呈されたのは、ユーロ圏の経済だけではなく、資本主義や民主主義という仕組み自体が破綻しているという見方さえできる。同時にイラム圏で起こっている民主化の流れは、必ずしも80年代の東欧革命と同じものではなく、世界全体では左ベクトルの向きにしたがった流れであるとみることもできる。

人間というのは個としての存在であると同時に有機体の一部としての存在でもある。日本人が周期的に総政治化と非政治化を繰り返すのは、おそらく個の存在と有機体の一部としての存在の両面を併せもつからであろう。生物学に詳しい方ならご存知だと思うが粘菌類という奇妙な生物がいる。彼らは通常は単細胞生物として生きているが、食料が枯渇してくると集合して一つの意志をもった多細胞生物のように変身する。考えてみると、その粘菌類の生態サイクルと日本人の総政治化と非政治化のサイクルは奇妙なほど似ている。過去、日本人が総政治化してゆく過程では必ずと言ってもよいほど経済的な問題が関わっていた。国の経済が順調で国民の暮らしがよいとき、われわれは政治に関心をもつことを止めて個人の生活に戻るのであるが、暮らしが悪くなると総政治化してゆくことになる。いまわれわれの社会でハシズムという名の旋風が吹き荒れているのは、新たな総政治化時代の予兆であるのかもしれないが、もしそうだとしたら、少し注意をする必要があるだろう。

過去の総政治化といわれた時代に共通しているのは、熱狂のあとに落胆と失望がもたらされた。なぜそうなるのかというと共通しているのはポピュリズムの弊害である。すなわち民衆が政治に異様な関心をもち、そこに積極的に参加しようとすればするほど、政治は正しい判断ができなくなり、かえって悪い方向へと流れていく。その結果、あの熱狂は何だったのかという失望と落胆だけが残ることになる。小泉時代の熱狂後も結局あとに残されたのは負の遺産ともいうべき経済格差の深刻化である。3年前に民主党政権ができてからも国民の期待を担ったマニュフェストがことごとく実現不能となり、結局、後に残ったのは失望と落胆だけである。ポピュリズムすなわち民衆の政治参加による政治の結末は、いつもそのようなものであった。




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