3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(2)定説の破綻

(2)定説の破綻
近年の海溝型地震の分布をみると、今回の東日本大震災の震源と近辺にある三陸沖や宮城県沖で頻繁に起こっていたことが分かる。実は3.11の前々日(3月9日)にも三陸沖でM7.2の地震が起こっている。アカデミズムの地震理論によれば、地震エネルギーというのは海洋プレートが大陸プレートにもぐり込むことによって蓄積された歪が解放されることによって周期的におこるのだとされている。しかし、その考えでは宮城県沖や三陸沖ではM7クラスの地震が頻繁に起こっているので、むしろその震源域の歪みエネルギーは解放されているはずだということになる。今回の大震災が想定外だったというのは、実はこの歪エネルギーの解放理論に基づいているのである。マスコミは地震学者や原発関係者が「想定外」というのを、やむをえない言葉として受け入れてきたが、しかし、それはアカデミズムの定説を正しいものと仮定することによってのみ成り立つことを、彼ら(マスコミ)はまったく分かっていない。

なぜなら3.11のM9.1の地震の規模自体は地震学者にとって、必ずしも珍しいことでも想定外のことでもなかったはずである。この一世紀を遡ると、太平洋を取り巻く地域でM9クラスの地震は少なくとも5回起こっていることが分かっている。1952年のカムチャッカ地震(M9,0)1960年のチリ地震(M9,5)、1964年のアラスカ地震(M9,2)、2004年のスマトラ島沖地震(M9,2)、そして2011年の東北関東沖地震(M9,1)である。この中で特にわれわれの記憶に新しいのは2004年のスマトラ島沖大地震であろう。このときも大津波が押し寄せ、周辺国に甚大な被害をだしたことは誰しも覚えているだろう。津波による被害者は25万人近くに上るとされる途方もない大津波である。津波というものが実際にどのようなものなのかということが映像によって記録された初のケースでもある。そのときテレビの映像などによって、今回の東日本大震災の津波と同じような大津波がインドネシアの都市やタイリゾート・ブーケットの海岸を襲う映像などが繰り返し流されていた。まさに驚愕の映像であったが、いったいわれわれはあの地震に何を学んだのであろうか?

皮肉な言い方であるが、もしも地震学者がいなければ、われわれはおそらくもっと危機感を抱いていたのではないかと想像する。普通であれば、スマトラ島沖で起こったことは、当然、日本列島の周辺でも起こりうるとするのが当然ではないだろうか?しかし、日本の地震学者は決してそのようなことは起こらないだろうと勝手に決めつけていたのである。なぜだろうか?それは先に述べたように、今回の地震の震源域では過去に何度もM7~M8クラスの地震が発生していて、この震源域に蓄積された歪みエネルギーは解放されているはずだという地震学の定説に基づく思い込みがあったからである。

実際、今回の地震においても地震学者たちの予想は阪神大震災のときとまったく同じように(見事に!)はずれている。阪神大震災の当時は、関西ではなく関東地方で1923年の関東大震災と同程度の規模の直下型地震が70年周期説に基づいて予想されていた。それと同じように、今回の地震が起こるまでは東海、東南海、南海のM8.5クラスの海溝型連動地震が起こるということが予想されていた。これは過去の古文書などを調べた結果、この震源域で100年から150年という周期で連動型の巨大地震が起こっているということが判明しているからだ。直近で起こったのは1944年と1946年のM8の地震であり、その約90年前(1854年)にM8.5の地震が起こり、さらにその147年前(1707年)にはM8.6の地震があり、そしてその102年前(1605年)にはM7.9の地震が発生したことが分かっている。したがって、地震周期説に基づくと前回の地震(1944年)から65年以上経過しているので、今後50年から100年ぐらいは、いつ起こってもおかしくないとされている。

一方、東北沖の震源域ではM8クラスの巨大地震が過去少なくとも4例ほど知られている。1933年の昭和三陸地震、1896年の明治三陸地震、1611年の慶長三陸地震、そして869年の貞観地震である。869年の貞観地震がどの程度の規模だったのかということははっきり分かっていないが、その際にできた地層が岩手県沖から茨城県沖あたりまで確認されていることから、今回と同程度の規模(M9))のものであった可能性もあることが指摘されていた。実は今回の地震が起こる前(2009年)に産業技術総合研究所の活断層・地震研究センター長を務める岡村行信氏が、福島第一原発の想定地震として、869年に起きた貞観地震・津波を警告していたが、この警告は、東京電力だけでなく、原子力安全委員会と原子力安全・保安院で完全に無視されたと報告されている。

問題はしかし1000年も前の痕跡から大津波再襲来の可能性を認めなかった不明よりも、直近でM9.2という規模の2004年スマトラ沖地震の大津波映像を目に焼き付けながら、それをまったく参考にもしなかった危機感の欠如こそ非難されるべきであろう。いずれにしても彼らはアカデミズムが作り上げた虚構のパラダイムに呪縛されたために事実を捻じ曲げていたのだとしか思えない。彼らは地震の予知どころか予測さえできない未熟な地震学を、あたかも絶対的真理であると思いこんでいたのではないか?その地震学者のお墨付きによって原発関係者は津波の脅威はないと思いこんでいたのだろう。それでも二重三重の安全のために設けられていた原子力安全委員と原子力安全・保安院が自らの使命を自覚していたならば、スマトラ沖の被害状況を目にした時、何らかの議論をしてもしかるべきであった。しかし残念ながら、そのような議論が行われた形跡さえないのである。つまるところそれらの組織はそもそも何のために存在していたのかという疑問がつきまとう。

さらに奇妙なのは、3.,11後、安心理論をふりまく専門の放射線医学者や原子力関係の科学者に対して御用学者という批判を浴びせかけているマスコミやジャーナリストが、なぜ地震学者に対しては一様に沈黙しているのかということである。なぜ彼らは地震学者に対してM9のスマトラ沖級の大津波が東北沖でも起こりうる可能性を考慮しなかったのかという質問をあびせかけることをしないのであろうか?放射線医学者が「20ミリシーベルトでも安心」という明確なデータを基にした国際基準を口にすると、一様に「御用学者だ」と批判しながら、なぜそのアカデミズムに対する批判精神を地震学者に対しては向けることをしないのか不思議でならない。

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