3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(9)菅降ろしの結末

(9)菅降ろしの結末
いずれにしても仮設住宅の建設が遅いとか瓦礫処理が遅いとか義捐金の給付が遅いとか、あるいは福島原発事故周辺住民の避難誘導が画一的だというような非難はまったく根拠がないとはいえないにしても、だからといって総理がその責任をとってただちに辞めなければならないほどの致命的な失策であったとは考えられない。菅総理に対してなされた非難の多くはむしろ被災地の実態や実情を考えない的外れなものであり、要するに永田町という異様な世界の中で人工醸成された「空気」の色彩が強いということが分かる。

このことはマスコミによる世論調査をみてもはっきりと分かる。マスコミは震災後、何度も菅内閣に対する支持率調査を行ってきた。それをみれば明らかに菅内閣の支持率とマスコミ報道の因果関係があることが分かる。震災前20%台にまで落ち込んでいた支持率が、震災当初一時的に10%以上支持率を持ち直していたのだが、その後、菅内閣の震災対応に対する集中的非難が続き、その支持率を下げていったことはいうまでもない。それらの非難の多くが根拠のないものであったことはいままで見てきたとおりである。しかし、菅内閣の支持率は下がっても、国民は決して野党や小沢グループが画策する菅降ろしの異様な政局をよしとしてはいなかった。菅内閣不信任案が提出された6月1日のテレビ朝日「報道ステーション」の調査によると、「自民党、公明党、たちあがれ日本は、今回、大震災への対応が不十分だとして、菅内閣への不信任決議案を提出しました。あなたは、自民党などの行動を、評価しますか、評価しませんか?」という問いに対して、評価しないという回答が65%あり、分からないを含めると80%の国民が不信任案に対して賛同できないとしているのである。

これは当然のことであろう。いかに菅総理の震災対応に不手際があったとしても国難の中で政争をしているどころではなかったはずである。菅総理を引きずり降ろしたとして、他に適任者がいたであろうか?もし仮に適任者がいたとしても、原発事故の見通しがまったくたっていない中で政権の引継ぎに伴う政治空白のリスクは避けられない。事態は深刻であり、次の瞬間には何が起こってもおかしくない危機が続いていたのである。たとえば2004年12月26日に起こったM9.2のスマトラ地震のときは、そのわずか4ヵ月後にM8.6の誘発地震が近辺の震源域で起こっている。つまり5月、6月の時点ではいつ何時、巨大な余震又は誘発地震が起こってもおかしくない状況であった(余震の危機はもちろん今現在も続いているが)。仮に菅内閣が総辞職をして、次の総理が選ばれるまでに震度7の首都直下地震が起これば、この国の危機を誰が対応するのであろうか?あるいはまた福島原発の周辺で震度7の直下地震が起こればいったい誰が対応するのか?それらの余震によって事故がさらに悪化したとすれば、誰がそれに対応するのか?そういった不測の事態を考えると、菅内閣が総辞職をしたあとに民主党内の代表選びをやり直し(又は野党の数合わせによる再編か)、その後に総理大臣指名選挙を行い、さらに面倒な組閣を行うという時間的余裕はまったくなかったはずである。あるいは菅総理が総辞職をせず、解散総選挙に打ってでた場合、その選挙はいったいどのように行うのか?とてもではないが、誰が見ても菅総理が退陣することによって、事態が好転するという見通しはまったく立たない。自民党など野党と民主党小沢グループ・鳩山グループの造反によって不信任案の可決もありうるという不穏な情勢下、5月30日の朝日新聞朝刊一面に異例の社説が掲載された。

政治が小さい。日本はなお前代未聞の非常時にある。一時は「挙国一致」といった美辞もうたわれたが、行き着いた先はむき出しの政争である。大所高所からの賢慮を踏まえた大きな政治を望むのは、お門違いということか。日本が直面する事態の深刻さと、政治家たちのふるまいに見える日常感覚との巨大な落差に目がくらむ。われらが選良の思考回路は3.11前の平時に戻ってしまったようだ。またぞろうごめくのは、民主党の小沢一郎元代表のグループである。政治手法から政策まで、ことごとに党内をぎくしゃくさせてきたこの人たちの行動には、いつもながら驚かされる。

小沢氏側の離反をあてこんで不信任案提出を急いだ自民、公明にも政治判断において時と場合をわきまえる良識のかけらもない。仮に否決に持ち込んだ場合に菅直人首相のなすべきことははっきりしている。「政権交代の功労者」小沢氏との関係を清算することだ。その仲間がいかに多かろうと、ここで筋を通さなければ民主党は今後も迷路をさまようことになる。首相は可決されれば衆院解散、総選挙に打ってでる構えを見せる。しかし、被災地での選挙運動や投開票は現実にどのようにして可能なのだろうか。当然ながら、総辞職した場合に後継をどう速やかに選ぶのかという絵図もない。自民公明両党にもシナリオがあるようには見えない。現実を直視しない政治の惨状というほかない。政争の行方はともかく、日本の政治を大きな政治へと脱皮させることが焦眉の急であることは動かない。復興再生の道筋を描く。原発依存のエネルギー政策を見直す。国のかたちや、暮らしのかたちを根本から変えるかもしれない大テーマが目の前に並んでいる。
 

6月1日、内閣不信任案がいかなる結末になったかということは、誰しも記憶に鮮明な事柄であるから、あえて詳しい事実関係の検証は省略することにする。誰もが知るように、菅総理は民主党両院議員総会前に鳩山氏との内密の会談で「一定のめどが来たら退陣する」旨を約束し事態を収拾した。この無理強いの約束は菅氏にとって人生最大の屈辱であろう。朝日の社説氏がいうように、菅総理は鳩山氏の提案を退けてでも自らの信念を貫くべきだったのではないか。それによってたとえ不信任案が可決されたとしても、筋を通すべきだったのではないか。小沢氏側がこのような挙にでた以上、民主党執行部は彼らを除名すべきだったはずだ。それによってたとえ民主党の勢力が数のうえで大幅に小さくなったとしても同じ志をもって民主党は一致団結できたはずだ。日本の政治にとってもおそらくその方がよかったのではないか。ただ、あえて菅総理を弁護すると、彼は国民のために泥仕合を避ける道を選んだのかもしれない。

案の定というべきなのか、菅総理が鳩山氏との会談で半ば無理強いにせよ早期辞任の意志を固めたことで、その後の政局はますます紛糾をきわめた。いったん辞任表明した以上は一刻も早く総理を辞めるべきだという論がまかり通るようになったのである。しかし、菅総理は原発事故に一定のめどがついた段階で退陣するということを約束したのであり、すぐに辞めるとは(鳩山氏にも)一言も言っていないと何度も繰り返して早期退陣を否定していた。そもそも菅・鳩山会談の真相がどうなのかという(どうでもよい)話題はさておいて、二人の会談後すぐに開かれた6月2日不信任決議投票直前の民主党の代議士会で菅総理の口から直接表明された内容をここで確認しておいた方がよいだろう。

菅首相は代議士会のあいさつで「大震災への対応に取り組む。このことに一定のめどがついた段階で私がやるべき一定の役割が果たせた段階で、若い世代のみなさんにいろいろな責任を引き継いでいきたいと考えている」と述べた。さらに「震災対応や原発事故に全身全霊を捧げて最大限の努力をする。民主党を決して壊さない。自民党に政権を戻さない。この三つを私の行動の基本に置いて進めていく」と語り、党所属議員に対し不信任案を否決するよう求めた。(6月3日付 朝日新聞朝刊)

この早期辞任の表明によって民主党内の小沢グループは振り上げたこぶしをおろし、野党が提出した不信任案を否決するという態度に一変したわけだが、その後、菅総理がいつ辞めるのかという話題をめぐって政局はますます混迷を深めていった。その混迷の度は鳩山氏が菅総理をペテン師呼ばわりしたことで一挙に沸騰点へ達することになる。鳩山氏によると、菅総理は6月中の早期退陣を約束したはずだというのである。しかし、菅総理は一度も言った覚えがないという、まるで子供の喧嘩のような話である。笑えない話であるが、鳩山氏はかつて自ら総理を辞任するとき(2010年6月)に「首相たるもの、影響力を(退陣の)その後、行使し過ぎてはいけない」と公式に発言し、自らの政界引退をもほのめかしていた人である。まことに皮肉なことに、その人が菅総理の早期退陣をめぐってもっとも影響力を行使する人物となり、しかも菅総理が約束をほごにしたといってペテン師呼ばわりしているわけである。一体、鳩山氏は自分の一年前の発言を覚えていたのであろうか?もし覚えていたとすれば、そういった自分の方こそペテン師だということになるはずなのだが。

いずれにしても菅総理が内々に鳩山氏に語ったことはどうでもいい問題である。なぜなら、6月2日の不信任案決議前の民主党代議士会で菅総理が語ったことが民主党員に約束したすべてであり、そして菅総理のその後の行動をみれば、菅総理はその場の発言を実直にも守り抜き、「大震災への対応に取り組む。このことに一定のめどがついた段階で私がやるべき一定の役割が果たせた段階で、若い世代にいろいろな責任を引き継いでいきたいと考えている」という約束通り、最後に自らの内閣の大仕事として次世代のための再生可能エネルギー法案を通し、そして原子炉の冷温停止のめどもついた8月末(8月29日)に辞任表明をすることと相なったのである。それは6月2日の民主党代議士会で表明してから、わずか3カ月にも満たない期間である。そのわずかな期間に菅総理は「自分の政権の延命だけを考えている」と曲解され、「いつまで総理を続ける気か!」「一刻も早く辞めろ!」という非難と悪罵の言葉が週刊誌やテレビ・コメンテーター等から浴びせられたのは記憶に新しいことだろう。

日本人というのは、なぜこれほど性急に首相を代えたがるのか?これは世界からみるとひとつの大いなる謎ということになるだろう。たとえば、つい最近辞任のやむなきに至ったイタリアのべルルスコーニ前首相の場合、賄賂、脱税、不正経理、マフィアとの癒着などの他、少女買春という信じられない罪まで暴露されながら、延べ9年も首相を続けているのである。一方、その間日本では異例の長期政権となった小泉政権後6年の間に7人もの首相が交代している(あまり意味のないことだが、その7人の中では菅総理の在位期間は1年3か月で他の6人を抜いて最長期間になる)。ただし、菅総理は他の6人のように、自ら政権を投げ出したのではなく、戦後以来の国難の中、永田町の「空気」によって無理やりに引きずり降ろされたのである。この一連の菅降ろしという政局の異様さは「空気」というものがそもそも何であるかということが解明されない限り、決して正しくは説明されないだろう。故山本七平氏が喝破したように日本の社会は空気社会である。この社会では何が正しいかとか何がプラスになるかという論理的整合的な基準が立てられる前に、多くの重要な決定がその場の「空気」というわけのわからない基準で決められてゆくのである。したがって、「空気」とは何であるかということが分からないかぎり、いつまでたっても日本人はわけのわからない空気によって行動する不思議な国民だということになる。

このあとも第三章、第四章と続く予定ですが、当分はお休みをいただくことにします。
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