3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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先の戦争は侵略戦争だったのか その2

本年4月29日に米国合同議会で安倍総理が演説した内容を繰り返し読んでいると、いわゆる歴史修正主義者というマイナスイメージで国際的にも負の評価が定着している安倍総理の本心が分かりにくい内容となっており、あたかも彼は根っからの親米主義者でもあるかのように肯定的に受け取っているアメリカ人も多くいたのではないだろうか?その意味では確かに訪米演説は一定の成功をおさめたということはいえるかもしれない。しかしながら安倍総理が単純な親米主義者でないことは彼のこれまでの発言と総理周辺の側近やお友達をみれば誰にも分かることなのである。

その前に訪米演説の中に意図的に隠された安倍総理の本心のようなものをいくつか指摘しておきたい。訪米演説の中でも先の戦争が日本による侵略戦争であったという歴史事実を安倍総理は決して認めたわけではない。この問題に関しては次のように微妙な表現がなされているだけなのである。

戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。

この表現によって総理個人の先の戦争に対する反省の気持ちは十分に言い表せており、アメリカ人にとってはこれで納得できる内容であったと評価する人もいるかもしれない。しかし、この表現は戦争の結果責任を負う者としての反省が述べられているにすぎず、侵略戦争の加害国としての責任はあいまいにされている。ちなみに以下の村山談話と比較すれば、その違いは明瞭になると思う。

わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

この村山談話がアジア諸国とりわけ中国や韓国の人々に評価されている理由は日本が侵略戦争を行った加害者であるということをはっきりと表明しているからである。ところが安倍総理の訪米演説をみると、侵略を行ったというどころか加害国であったという事実すらあいまいにした表現になっている。したがって安倍総理の「痛切な反省 deep remorce」という言葉の中には、侵略戦争をおこなって大変な被害を与えたという反省なのか、それとも侵略のつもりはなかったが意図せざる結果になってしまったことに対して反省しているのか、いずれなのかよくわからない。

安倍総理の日頃の言動をみていると、おそらくは後者の意味が込められているのだろうと察するが、だとするとやはり侵略された側の国々にとっては、このような表現で責任をあいまいにするやり方は許すべきではないと思うだろう。

ただし米国の場合は侵略戦争の被害国であったと必ずしもいえないので、その受け取り方が違ってくるのはやむをえまい。米国は真珠湾攻撃を受けるまではモンロー主義に立ち日・独・伊の枢軸国がはじめた欧州とアジアの戦争に武力で関与しようとはしなかった。しかし真珠湾における明白な侵略行為を受けて米国民は一丸となって侵略者と戦う決意をした。そのまま黙っていれば米本土まで日本軍の攻撃が及ぶことは必至だからである。その結果、アメリカ人は数十万の尊い人命を犠牲にして日本との戦争を命がけで戦い抜いた。その結果フィリピンをはじめ太平洋の島々の民衆を巻きこむ数百万の犠牲者もだし、また2度の原爆も含めて数百万の無辜の日本人をも殺傷したが、その責任はあくまでも日本側にあることはいうまでもないというのがアメリカ側の言い分である。安倍総理の「痛切な反省」という言葉はそのような文脈の中でアメリカ人は肯定的に捉えていたはずである。

この戦争から70年を経た現代人から振り返ってみた時、アメリカが栄光の20世紀を主導するようになったきっかけが真珠湾に他ならなかったということをアメリカ人はよく分かっている。この戦争を勇敢に戦う事によって、アメリカは戦後の世界秩序を主導する役割を自ら担うようになったのである。したがってアメリカ人には日本がはじめた侵略戦争の被害国であったという自覚はあまりない。むしろアメリカ人は太平洋戦争の勝利によって誇りを植え付けられたのである。安倍総理の訪米演説にはそのようなアメリカ人の誇りをくすぐるかのようにアメリカ人の勇気を賞賛する内容(たとえば硫黄島の戦いなどの例をあげている)になっているために、アメリカ議会人の拍手も初めから計算済みであった※。
※なんと訪米演説のカンペにはアメリカ議会人の反応を予想して、「顔をあげて拍手を促す」という文章まで大書されていた!
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一方、安倍総理の本心はどうなのかというと、決して先の戦争を侵略戦争だったなどと単純に決めつけることはできないと信じているはずだ。そうでなければ靖国神社に参拝することの理由づけができない。前にも述べたように靖国神社には靖国史観というものがあり、それは先の戦争はやむにやまざる自衛戦争であったというものである。日本が真珠湾を攻撃したのは、それまで90%以上の石油の輸入を頼っていたアメリカによって資源が封鎖されたからである。これは日本にとっては国家の「存立危機事態」に相当し、したがって対米戦争は避けられなかったというのである。

しかし、そもそもなぜ日本に貿易制裁が科されたのかという理由について彼らは故意に言及しない。いわゆるABCD包囲網といわれる貿易制裁が科されたのは日本軍の中国侵略が目に余るほどひどかったからである。米国は重慶に追い詰められた蒋介石政府を助けるために日本に対して貿易制裁を科したのである。貿易制裁の理由づけとその解除の条件を記したいわゆるハルノートによれば、その目的ははっきりしている。要するに日本が中国から軍を撤退し蒋介石政権を中国の唯一の正当政府であることを認めよという要求であった。この要求を日本が受け入れたならば、アメリカは日本を最恵国待遇するという約束までつけられていたので、ハルノートは自衛戦争論者がいうようにいわゆる最後通牒という性格のものではなかった(その条件の中には満州国の支配については言及されていないので、事実上日本の中国権益を否定するものでもなかった)。ましてや日本がその当たり前の条件を突き返して真珠湾を攻めてくるなどとはまったく予想もできないことであっただろう。

貿易制裁を科された北朝鮮がアメリカに対して本気で長距離ミサイルを発射することなどありえないと誰しも思うのと同じく、当時の日本の数倍から数十倍の物量で勝るアメリカに戦争を挑むなどというバカげたことをやることが信じられなかったのは当然である。冷静に計算をすればアメリカに勝てるはずがないのは日本にも分かっていたのである。しかし、ハルノートを受け入れることは為政者と軍部にとって屈辱に他ならない。だから一切の計算を無視して無謀にも戦争に突き進んだのである。そのような戦争がなぜ自衛戦争にあたるであろうか?ありえないことである。そのような無理筋の論理を展開しているのが安倍総理とそのお友達の正体である。彼らはその当時の「空気」というものが、到底、戦争を回避できる空気ではなかったというようなことを考え、戦争に突き進まざるを得なかった当時の指導者をかばおうとする。仮に自分がその時代に生きていれば、同じような選択をせざるをえなかったのではないかなどと考え正当化する。

面白いことに安倍総理の母方の祖父である岸信介と同じ年代で父方の祖父に安倍寛という人物がいて、彼は珍しくも戦時中に非翼賛議員として選ばれ東條内閣の戦争政策に対して異を唱えていたという。今からみると実に立派な人物ではないかと思うが何故か安倍総理はその祖父の存在については一切ふれることをしない。まるでそんな祖父はいなかったことにしましょうというほど関心の外に置かれている。思うに、安倍総理にとってはまるで非国民のように戦争に反対していた当時の祖父は恥ずかしい存在だったのではあるまいか。その一方で岸信介は東條内閣の重要閣僚として対米戦争を支持していたのをやむをえないことであり、むしろサイパン島の玉砕でもはや誰がみても敗戦しかないという時になって早期講和を東條内閣内で訴えたという岸信介の勇気の方を誇らしく思っているのではないだろうか。自分は同じ孫であったとしても、あくまでも岸信介の孫であり安倍寛の孫ではありたくない。これは単なる憶測にすぎないが、そのように思っているのではないかとさえ想像せざるを得ない。

しかし安倍寛のような反戦議員もありえたということは、当時の状況が必ずしも戦争が不可避であったとはいえない証拠である。彼のような議員が発言力をもてば戦争は避けられた可能性もあったのである。アメリカからハルノートをつきつけられた当時の状況では戦争が不可避であったという現代の自衛論者は、ただその時代の「空気」を変えることが難しかったといっているにすぎないのではなかろうか。戦艦大和の出撃命令が下った時も、誰もその作戦に意味があるとは思っていなかった。しかし、作戦参謀たちの誰一人その決定に対して異議を唱えなかったのは、まさにその場の空気に有無をいわさず支配されたからである。同じように対米戦争の決定もその時代の空気に支配されていただけではないのか。

そもそも日本は満州事変以来、中国で非道な侵略戦争をやっていた。満州を侵略したのは、多くの資源があると考えたからだ。自衛論者によると、この戦争もロシアの脅威を断つためであったなどという者がいる。盧溝橋事件から中国国民党軍との本格的な戦争になったのも、相手側が発砲したからだという。しかし日本がすでに満州を植民地化し、満州を取り巻く地域では反日運動が起こっていた。当然の結果である。自国の何倍もの領土を植民地化しているのだから、そこは元々中国の領土であると考えていた中国人が反発するのは当然の結果である。盧溝橋の発砲事件から戦線が拡大したが、これも自衛論者にいわせると日本は不拡大方針をとっていたというのである。ではなぜ発砲事件のあと数日で北京一帯を占領するという暴挙をやったのか?

戦争が上海に飛び火した時、日本軍にも数万を超える死傷者が出たが、中国人の犠牲者は20万人をこえると言われるほどの大規模な戦争になった。この結果、中国国民党の蒋介石が日本側が提案していた和平条件を受け入れるという返事をドイツ大使トラウトマン氏を通じて日本側に打診してきた。その和平条件と言うのは、満州が日本の植民地ではなく立派な独立国であると認めるという、中国側が到底受け入れられないほど屈辱的な条件であったが、これ以上戦争をやれば中国の首都南京も陥れられるという心配もあったために、あえて和平条件を受け入れることにしたのである。

しかしながら当時の日本の近衛首相は、この返事を受け入れず、さらに高い条件、すなわち満州に隣接する華北一帯の地域の自主独立を認めよという相手が到底受け入れられないような条件を突きつけたのである。これは事実上、中国の北半分は日本の支配権があることを認めとよ言うのと同じであった。これに対して、ついに蒋介石は徹底抗戦を決意するのである。その2週間もしないうちに日本軍は首都南京を陥れた。この事件はまさに南京アトロシティーといわれるおぞましい戦争犯罪の見本市のような結果をもたらし、世界中に日本が非道な侵略者であるというイメージを与える結果になった。

その当時、世界でこれだけの戦争をやっていたのは日本だけである。ヒトラーはまだその侵略者としての正体を表すことなく、自国の経済復興の仕事のみに邁進していたので必ずしも脅威であるとはおもわれていなかった。当時ヒトラーは日本と同盟関係を結んでいたが、中国にも利権があったので、日中戦争については賛成していなかったはずである。したがって満州事変後の日本が中国でやっていた戦争は世界の中では極めて憂慮すべき戦争であった。現在のイスラム国の台頭と同じようなものと思えばよいだろう。当時の世界は第一次世界大戦の後に国際連盟が生まれパリ不戦条約が各国の間で交わされて、2度と前の戦争のような愚かなことはしてはならないという国際合意ができていた。ところが日本は満州事変を起こして国連から脱退するはめになった。その後は現在のイスラム国と同じようにやりたい放題の好戦国家となった。そしてその日本の傍若無人ぶりが間接的にヒトラーを刺激して第二次世界大戦という結果につながっていった。したがって日本は第二次世界大戦を招いた張本人であったといえるだろう。

大東亜戦争というのは自衛戦争論者もそう告白しているように、アメリカから石油資源を断ち切られたために自衛処置として東南アジアの資源に活路を求めようとして始められた戦争である。したがって大東亜戦争はアジア解放の為の戦争であるというのは嘘であり、あとからつけられた大義名分にすぎない。にもかかわらず自衛論者はその大義が決して嘘ではなかったなどと放言する。日本軍は中国でやったことと同じように残酷なことを東南アジアでもやっている。たとえばシンガポールを陥落させた後、共産主義者の疑いがある者や中国人華僑を引っ張っていき集団で撃ち殺すというような酷い虐殺事件も起こっている。フィリッピンでも百万人以上も一般市民が戦争の犠牲になったといわれている。

アメリカが日本軍をやっつけた後、フィリッピン人はアメリカ人を解放軍として喜んで迎えた。当時、フィリピン戦線で砲兵部隊の少尉として戦役にあった山本七平は、この時のフィリッピン人のあからさまなアメリカ人に対する態度と日本人に対する態度の違いについて述べている。日本人はアジア解放といいながら実際は現地の人間に嫌われていたが逆に日本軍によって追われたはずのアメリカ人は歓迎されたのである。山本七平によると、日本人は「石もて追われた」いうほどみじめだったという。


つづく
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