3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

(5)海水注入中断の真相

(5)海水注入中断の真相
菅総理の原発事故に対する初期対応の非難はことごとくデマに類するものであったことは次の事例によっても分かる。3月12日、午後2時ころ東電は原子炉の水位が8メートル以上低下している事実を知り、原子炉の空焚き状態になっているという危機感を深めていた。実際、12日午後2時53分には原子炉を冷却するための真水注入が止まっていた。このまま放置すると原子炉の爆発にもつながりかねない。この結果、東電は急きょ海水を注入する他にないという判断を下した。ただし海水を注入するということは廃炉になるリスクがあったことは覚悟であり、さらに予期せぬ問題が生じる恐れもあった。したがって、東電は海水注入の許可をとりあえず官邸に問い合わせる必要があった。当日、午後3時36分に福島原発1号機が水素爆発を起こしたあとすぐに官邸へ海水注入の必要性について連絡をとったが、官邸からの返事がなかなか得られなかった。そのため東電は海水注入をすぐに開始することができず、約50分の遅れが生じてしまったという。5月22日付日経新聞に次のように書かれている。

東京電力は21日の記者会見で、東日本大震災の発生翌日の3月12日に福島第1原子力発電所1号機で進めていた海水の注入を、首相官邸の意向をくんで一時中断したことを明らかにした。官邸側が海水注入による再臨界の危険性を指摘しているとの情報を東電側が聞き、止めたという。細野豪志首相補佐官は記者会見で「官邸は注入の事実を把握しておらず、首相は注入を止めることは指示していない」と述べた。1号機は津波で冷却機能が失われ、核燃料棒の大部分が溶け落ちた炉心溶融(メルトダウン)が起きた。冷却水が中断したのは55分間で、原子炉の冷却が遅れて被害が拡大した可能性もある。東電によると、原子炉への真水注入が12日午後2時53分に停止。午後3時36分に水素爆発が起きた。午後7時4分から海水の注水を始めたが「官邸の方で再臨界の危険性があるような意見があったので、政府の判断を待つ必要があるため、いったん停止した」(東電)という。この情報を福島第1原発の現地に伝え、午後7時25分に注水を停止した。

この記事の中で問題視されたのは、午後7時4分から海水の注水を始めたが、「官邸の方で再臨界の危険性があるような意見があったので、政府の判断を待つ必要があるため、いったん停止した」(東電)というくだりである。なんと東電は官邸の判断で海水注入を中断したというのである。この話題は翌日の国会で大々的に取り上げられることになった。もし菅総理の発言によって海水注入が中断されたということが明らかになれば、菅総理は原発事故の拡大を自ら招いたという可能性もでてくる。したがって、この問題の追及は菅総理に対して不信任を突き付ける格好の材料になると判断されたわけである。

5月23日の衆院予算員会での谷垣総裁と菅総理の間では次のようなやりとりがなされた。

谷垣総裁 3月12日の午後6時に(首相官邸で)何を議論していたのか。

菅総理  再臨界という課題もあったし、議論の中でも出ていた。そういうことも含め、海水注入をするに当たり、どのようにすべきか検討するよう(経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会などの)皆さんにお願いすると(いう議論だった)。

谷垣総裁  班目(春樹原子力安全)委員長が再臨界の可能性を指摘したとの報道があるが、進言したのか。

班目氏   多分、首相から「再臨界は気にしなくていいのか」という発言があったので、「再臨界の可能性はゼロではない」と申し上げた。これは確かだ。

谷垣総裁  東京電力は1号機に海水を注入していたが、官邸で再臨界の議論がされているから中断した。

菅総理   少なくとも私や(首相官邸で議論した)メンバーが止めたことは全くない。(海水注入の中断は)私や(枝野幸男)官房長官に報告が上がってなかった。やめろとか言うはずがない。

谷垣総裁  福島原発の視察が(格納容器から放射性物質を含む蒸気を排出する)「ベント」実施の大きな障害となって遅れを招いた。海水注入を政府内の混乱で中断したのは非常に大きなミスだ。 


しかし、この迫真のやりとりは、後日興ざめの展開になったことは周知の通りである。実は海水注入は中断されてはいなかったということが福島第一原発吉田所長の証言によって明らかになったのである。事実関係はおおよそ次のようなものである。

5月20日、東電本社での会見で次のような事実が明らかにされた。地震発生の翌日12日午後7時4分に海水注入を開始し、同25分に中断、午後8時20分に再開したというのである。誰の指示によってなぜ中断したのかが国会で質疑されわけだが、これについて政府側は細野豪志首相補佐官が中断は東電の独自判断で行われたと会見しているが、一方、東電本社によれば、「(海水注入に)首相の理解が得られていない」との官邸情報を汲んで海水注入を一旦中断したとされていた。しかし、実際は福島原発の吉田所長が冷却を優先すべきだとの考えから注水を継続していたというわけである。

事実関係が錯綜しているのは、官邸と東電本社と現場の証言がそれぞれ食い違っているだけではなく、そもそも海水注入に切り替える前に現場の独自判断で試験注入を実施していて、その連絡が官邸に届いていなかったという問題があるようだ。だから菅総理は海水注入を中断させたという意識はまったくなく、先の答弁のように「(海水注入の中断は)私や(枝野幸男)官房長官に報告が上がってなかったので、やめろとか言うはずがない」という話になっているらしいのである。この答弁に対して野党側はその裏に何か隠し事があるに違いないとして、逆に色めきたったわけであるが、そもそも現場が注水を中断していなかったという話になると、結局、自民党がつかんだ情報自体がガセネタではないかということに落着したわけである。

しかしながら、この問題は本来専門家しか分からないような極めて高度な原発の安全技術に関する問題であり、首相の腹一つで左右される類の問題でないことぐらいは分かってもよさそうなものである。菅総理は自らも認めているように海水注入に関して素人としての素朴な疑問を斑目氏に問いただしたのだろう。海水注入はいまだかつて試みたことさえない歴史上初の試みである。もしも海水注入によって再臨界が起こってしまえば最悪の事態どころではなくなる。斑目氏は菅総理の質問に「再臨界の可能性はゼロではない」と返事したそうだが、その斑目発言が東電本社へすぐに伝わって、海水注入の危険性について検討する必要があると(東電本社は)判断したのだろう。すなわち東電本社はそれが官邸の意志であるかどうかに関係なく、あくまでも原子力安全委員会最高責任者の発言に重きを置いたものであると想像される。したがって、この問題は菅総理が何を言ったのかという問題では(初めから)ないのである。技術論として、海水注入が安全であるのかどうかという問題であり、しかも、それはこれまで実験でさえも試みられたこのとのない極めて高度な想像力を要する問題だったはずである。

はたして福島第一原発の吉田所長は海水注入が100%安全であると確信したうえで注入を続けたのかどうかは分からない。ただし、現場では試験注水によって大丈夫だという判断をもちえたのであろう。仮に、海水中の塩分やその他の不純物がなんらかの障害を起こす(たとえばバルブに詰まるとか)としても、現状の危機を打開するためには他に選択肢はないと(現場は)判断したのであろう。一方、菅総理の質問に対して斑目氏はしばらく考えた上で問題ないと判断したからこそ、海水注入にゴーサインを出したのであろう。この一連の官邸の危機対応の中には必ずしも致命的なミスは発見されない。切迫した危機においてあらゆる可能性を考えるという意味では、むしろ賞賛すべき慎重な対応であったというべきではないか。

この問題が国会で取り上げられたのは、菅内閣不信任案が自民党、公明党によって提出された6月1日の約一週間前である。すでにこの時点では不信任案提出は決められており、そのための明確な理由を洗い出す詰めの作業としての一連の質疑であったことはいうまでもない。しかし、この重要な局面での国会質疑の資料がガセネタに他ならなかったというのは不信任案を提出する側にとっては、あまりにも大きな失点だったはずだ。ガセネタというと思い出すのは、小泉総理時代の偽メール事件であろう。あの事件で民主党は国民の信頼を大きく損ない、ガセネタをつかまされた民主党の永田議員は国会議員辞職まで追いやられ遂には自殺して果てるという哀れな結末になっている。それに比べると海水注入問題の追及はたとえガセネタであろうとも、野党側にとっては、ある種の目眩ましのような効果を(菅内閣側に)与えたようである。この問題の追及によって官邸と東電本社と福島原発がそれぞれ異なった情報を語り、三者の間に十分な意志疎通ができていないことが明らかとなったからである。野党側にとっては、それはそれで思わぬ戦果だったといえなくもなかったのである。

ついでながら先の谷垣総裁の質問の中にも「福島原発の視察が(格納容器から放射性物質を含む蒸気を排出する)「ベント」実施の大きな障害となって遅れを招いた」と、飯島氏のブログと同じことが述べられていることに注意してもらいたい。この時点(5月23日)では、飯島氏も認めていたように菅総理のヘリ視察とベントの因果関係は何も分かっていなかった。にもかかわらず、谷垣総裁は国会の場でそれをあたかも事実であるとして菅総理を追及しているわけである。もちろん、それは単なる噂話であることぐらいは(東大卒の秀才)谷垣氏に分からぬはずもないだろうが、しかし、根も葉もない噂ほどライバルを追及しようとする政治家にとってありがたいものはないのだろう。なぜなら、噂というものは誰がそれをどのような意図で流したのかさえ分からないので、それをさも真実らしく扱ったからといって自らの責任はまぬかれるからである。したがって、谷垣総裁にとっては、そのような噂があるというだけで(菅総理を追い詰める)材料としては十分だったのであろう。

結局、菅内閣に対する不信任案というのはかくもいい加減なものであり、要するに、初めに倒閣ありきという既定事実にそって無理矢理に理由づけられたものである。それは永田町の政治風土といってしまえばそれまでだが、戦後最大の国難の中で、日本をリードするべきかつての野党の党首が権謀術数を弄することしかできないというのはゾッとするほど絶望的な絵図である。もはや自民党はかつての何でも反対党の社会党以下の存在に堕ちてしまったのだ。小泉総理が谷垣氏に進言した「健全な野党としてやればいい」という言葉さえすっかり忘れ、国難の最中に無意味で非生産的な政局ゲームへと突っ走ることになったわけである。
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菅氏への不合理な非難は、不愉快で悲しい、と思います。
至らぬ点があったとしても、国難に立ち向かっていたのに。
でたらめなマスコミは争点を曖昧にして、輿論の形成を妨げます。
まことに悲しい。

yamaguchi | URL | 2011-11-28(Mon)23:07 [編集]


実にすばらしい解説!

参院選が近づき、振り返るに
いまだにこのことが世間で誤解されていることが
ほんとうに残念でならない

にいくら | URL | 2013-07-17(Wed)02:37 [編集]