3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

憲法改正の為の欠くべからざる条件

安倍総理が米国で約束してきたという集団的自衛権を可能にする安保関連法案をこの夏までに成立させるというような話は前回にも書いたとおり、司法、立法、行政の三権分立の考え方に著しく反する、それ自体が違憲の可能性のある話だ。たとえばアメリカ大統領だったら、決してそんなことは言えるはずがない。アメリカの立法機関(すなわち議会)は行政機関からはまったく独立した機関であって、大統領がどんなに国民の支持を集めていても議会を自分の言うとおりに動かすことはできない。なぜなら立法機関に行政機関が干渉して命じたりすることはできないような仕組みになっているからだ。

たとえばTPP法案でもオバマ大統領は積極的であるが、アメリカの議会人は消極的な議員が多くオバマと同じ民主党議員にもTPPに反対する議員は多いという。だから日米のTPP交渉がいつまでたってもまとまらないのは日本側が難色を示しているだけではなく、むしろアメリカ側が難色を示している部分が多かったりするらしい。したがって、TPPは結局いつまでたっても成立しないまま漂流を続ける可能性が強くなってきている。

最近テレビ朝日の報道ステーションで辺野古移設問題をどう考えるかというテーマで異なった意見をもつ有識者に持論を述べてもらうというユニークな企画をやっている。たとえば前回は漫画家の小林よしのり氏であったが、その前は元防衛大臣の森本敏氏や元沖縄県知事の太田昌秀氏であった。この中では森本氏の意見が政府の見解に近く、太田氏は沖縄住民の意見を代表するものであろうが、小林よしのり氏の意見はまったく趣の異なるものであった。小林よしのりという漫画家は最近はやりのネット右翼の親玉であったということを自ら認めているらしいが、しかし今ではそれを激しく後悔しているようで、いわゆるネット右翼のヘイトスピーチに代表されるような排外主義を徹底的に批判している。

私はこの小林よしのり氏の辺野古移転に対する意見を聞いていてなるほどと思った。小林よしのり氏にいわせると、そもそも安倍総理が言ってきた戦後レジームからの脱却という理想にもっとも反しているのが安倍総理自身なのである。なぜなら戦後レジームというのは、終戦後に米軍によって統治され続けた戦後占領体制そのものを指すからである。日本の軍隊はポツダム宣言を受諾することによって一旦武装解除された。そして憲法によって国際紛争を解決するための軍事力の行使及びそのための軍隊をもつことを永久に放棄すると誓った。しかしながら最低限の自衛力は必要であるということで、警察予備隊という現在の自衛隊の前身が発足し、その後徐々に装備が拡大し現在の自衛隊になった。現在の自衛隊は実態的には明白な軍隊であり、これは国際紛争を解決するための軍隊をもたないと規定された憲法9条に反することは明白である。

ちなみに憲法九条は以下の通り。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


この憲法9条自体がそもそもアメリカによって草案が作られたものであり、これをいつまでも変えないのはまさに戦後レジームそのものではないかという見方をする人々が多くいる。安倍総理がいう戦後レジームからの脱却というのは当然このような戦後占領体制そのものの憲法の改正も行わなければならないということを意味しているのだろう。

しかし、小林よしのり氏にいわせると、憲法を変えるだけでは戦後レジームからの脱却にはならないというのである。なによりもアメリカ軍の占領体制が続く限り、そして沖縄の基地が住民たちの民意に反して米軍の基地として半永久的に使われている限り、日本は到底独立国であるとさえいえないではないか。日本が本当に戦後レジームからの脱却を目指すというならば、まずこの米軍の駐留をやめさせるか又は少なくとも縮小させるという方向にもっていこうと努力しなければならない。ところが安倍総理のやっていることはまったくその反対に沖縄に半永久的な米軍基地を建設しようというのだから、これは戦後レジームの脱却を唱えた総理の言葉としても許せないというわけである。

小林よしのり氏の論理はまったく正しいと私も思う。ただ私は安倍総理のいう「戦後レジーム」という言葉そのものに疑問をもっているので、よしのり氏の論理が正しいかどうかという問題はひとまず置いておこう。

それよりも私はこのような論争の中に置き忘れているものに注目したい。そもそも何のために憲法9条があるのかとか、世界の軍隊の中でも非常にレベルが高い自衛隊が存在し、そのうえになおアメリカ軍の駐留が必要なのかという事を考えてみたい。これらはすべて本来「平和に資する」という目的のためである。世界に紛争の種がなくなり、軍隊を持つ必要がなくなればそれらは本来必要のないものである。しかし、世界の紛争の種は尽きるどころかますますきな臭くなっている。そのような状況の中で日本だけが一国平和主義に立っていることがそもそも可能なのかという問題がある。

もう少し具体的に考えてみよう。日本の周辺国の中でとりわけ危険な国として北朝鮮が存在する。彼らは核兵器を開発しているので、日本の自衛力では単独で国を守ることはできない。さらに中国との関係悪化がある。中国の軍事力は年々大きくなっており、おまけに最近は尖閣問題だけではなく、南シナ海で周辺国との間で領土紛争を起こしている。浅瀬に人工島を次々と作り、軍事基地に変えようとしているのではないかという疑惑がもたれている。

このような状況の中ではアメリカとの同盟関係に頼らざるを得ないのは当然だというのが安倍総理及び自民党などの考え方である。そして日本はただアメリカ軍に頼るだけではなく、自らの国防意識を高め正式な国防軍をもつ必要があるのだというのである。したがってこの際、憲法を改正して正式な国防軍をもつという考え方を大いに議論すべきだとされる。

この考え方は一見妥当な話である。しかし、現実にこれによって平和に資するのかどうかとなると大いに疑問である。中国が南沙諸島を埋め立て始めたのは、明らかに日米同盟に対する一つの対抗軸と考えたからであろう。米軍の辺野古移転でますます沖縄の米軍基地が強化される一方、最南端の与那国島にも自衛隊基地ができる予定なので、これらの計画に対抗しようという事ではないか?この方向がどんどんエスカレートしてゆくと、いずれは日中の軍事衝突は必至であろう。しかし、日中が衝突した時にアメリカは助けてくれるであろうか?これは極めて疑問である。米国が日本の尖閣防衛の為に中国と戦争をやるというのは非常に考えにくい話だ。米国は中東やアフガン、アフリカでの戦争で疲れ果てているのに、中国と新たに戦争できるはずはないのである。それでなくても中国はアメリカの最大の貿易相手国であり、アメリカ国債の保有高も日本に次いで2位である。経済的にもアメリカは中国と戦争するメリットはどこにもない。

憲法改正の議論については私も真面目にやるべきだと思っている。憲法9条を変えるにしても、あるいはそのまま維持するにしても、できればそのための議論を堂々と展開し最終的には国民投票にゆだねたらよいと思う。もし憲法を改正する必要がないという国民の意志が明らかになれば、それはそれで日本の進むべき道もはっきりするし、世界全体が日本人の選択としておおいに評価されるだろう。そうなればアメリカも必要以上に軍事同盟関係の強化とか集団的自衛権の参加という憲法上不可能なことを要求できなくなる。その選択は中国を含めた周辺国にも評価されるだろう。その選択は将来にとってリスクを高めることにはならないはずだ。さらにその国民投票によって平和憲法が戦後にアメリカから与えられたものではなく日本人自身が選択したものとなることが何よりも大きな画期的変化である。

一方、憲法9条の改正を国民が選択した場合、日本は憲法の条文と軍事的実態との間の極めて不健全な関係を解消できるだけではなく、独立国としての強固な立場に立つことができる。そして当然のように集団的自衛権を行使し、今現在国会でやっているような不自然な矛盾だらけの空しい議論から解放されることになる。ただし、そうなると当然のごとく日本の軍隊は世界中の戦争にでかけてゆかなければならなくなる。韓国のように外国の戦争で多くの血を流すことも覚悟しなければならない。当然ながら徴兵制も導入される可能性が高くなる。でなければ十分な軍隊が確保されるとは考えにくいからだ。現在の平和ボケした日本人がこのような選択をすることは難しいかもしれないが、少なくともそのための議論をし国民投票をした方がわれわれ自身の進むべき方向性がはっきりと分かるだろう。

このような議論は現安倍政権がやろうとしているなし崩し的な解釈改憲よりははるかに健全で正しいやり方である。結果がどうでるにせよ、それは日本の真の独立にとっては憲法改正の議論自体を否定すべきではない。現在、自民党のほぼ全員、民主党や維新の多くの議員がこのような憲法改正のための議論をはじめることに同意しているが、民主党の岡田代表はかねがね憲法改正の議論を否定しないとしてきたが安倍政権下ではこの議論をすることはできないとしてきた。私はそれがどういう理由によるのか分からなかったのだが、ここへきて(岡田代表の真意とは違うかもしれないが)私自身もそのように思うようになった。日本が憲法を改正して自国の国防を主体的に考えることについて議論すべきことは当然だ。そして同時にアメリカとの同盟関係が必要なことも当然だ。しかし、問題は周辺国、特に韓国や中国との関係が悪化している中でそのような議論を起こすことは、より周辺国との関係を悪化させてゆくことになる可能性が高い。これは絶対に避けなければならない。

現在の日本が平和のためにやらねばならないことは第一に中国および韓国との関係改善である。この関係改善の努力の第一歩はまず安倍政権で悪化した状況をそれ以前の状態に取り戻すことである。なぜなら両国との歴史認識問題の悪化は安倍総理が2年半前に総理の座に着いた時から始まったからである。2012年12月安倍晋三は総理に指名されるやいなや、村山談話と河野談話の見直しを暗に表明した。「侵略戦争の定義はない」などという言葉も述べた。そして総理に就任早々靖国神社を公式参拝した。しかも安倍総理は従軍慰安婦問題でかねてから強制連行の証拠はないという声明文を内外に出しており、これらの一連の安倍氏の行動については世界中から批判が集中した。

このような経緯を振り返ってみてもわかるのは安倍総理こそ隣国との関係をめちゃくちゃにした張本人だということだ。この結果、アメリカ政府の圧力によって安倍総理は発言を修正せざるをえなくなった。村山談話と河野談話については従来の政府の見解を引き継ぐという見解に修正され、なんとか韓国朴槿恵大統領との奇妙な会談の場ももたれたが、安倍総理に対する不信感は壊れたガラスのコップを元に戻すのが不可能なことと同じで、安倍総理が総理の座に居座っている限りは隣国との緊張状態がなくなり元の状態に戻ることは不可能になっている。

中国が最近南シナ海で不審な動きをしているのもそれと無関係ではないだろう。これは尖閣の問題でヒートアップした領土問題が解決をみないまま、さらにより複雑な問題に波及しているという点をみなければならない。中国は明らかに尖閣における日米の動きに対してさらなる難問をつきつけているのだとしか考えられない。そしてこのままヒートアップすると軍事衝突になるぞと脅しているのだろう。だからこそ日本も戦争に備えなければならないのだという議論をしてゆくと、どこまでもこの悪循環はエスカレートしてゆくだけだろう。

安倍総理は米国との関係については辺野古移転や集団的安全保障というかつてどの総理も出来なかった課題を解決するという親米路線を明白に打ち出すことによって、一応の信頼関係を取り戻したように見える。ただし、これは軍事レベルで米国の要求を飲むという形で表面的な信頼関係を取り繕ったにすぎない。TPPの交渉は暗礁に乗り上げているし、ニューヨークタイムズやウォール・ストリートジャーナル、エコノミストなどのアメリカやイギリスのメディアは痛烈な安倍総理の歴史認識批判をやめていないところをみると、米国での信頼を取り戻したとはいえないだろう。
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エコノミスト誌(2015年5月16日号)に紹介された風刺画

したがって、ここまで外交を崩壊させた安倍政権下で憲法改正の議論を始めることはいかにも健全ではない。憲法9条改正の議論をはじめるためには何よりも周辺国の理解を必要とするからだ。我が国は一世代から三世代をさかのぼる過去にアジアの歴史の中でもかつてない軍事力を装備しアジア諸国全域を侵略していった。とりわけ韓国と中国に対しては半世紀近くの長きにわたる侵略を繰り返してきた。その侵略の規模はアジアの歴史上でも最悪のものであった。この侵略の過去に対して十分な謝罪や賠償もないまま今日に至っていることを忘れてはならない。

したがって日本が憲法を改正するためには何よりも周辺国の理解を得なければならない。とりわけ中国と韓国との関係で非常にぎすぎすした関係にある中で憲法改正の議論をすることはさらに緊張状態を高める可能性が高い。そうすれば憲法改正の議論自体が新たな紛争の火種になりかねないのである。したがってこのような安倍政権が続く限りは憲法改正の議論はできないという結論にならざるをえない。

民主党の岡田代表がどのような意味で安倍政権下では憲法改正の議論ができないとしていたのか分からないが、上記のような意味であるとすると炯眼であるといわねばならない。

現在の民主党が政権にありつけるのは非常に考えにくい情勢ではあるが、たとえば安倍政権が他のより見識の高い自民党の総理に交代すれば、民主党の協力によって憲法改正の議論が新たになされてもよいと思う。この際に私はぜひ大胆な国の方向変換を目指すべきであると考える。

そもそも憲法を改正して国軍を保持するという事自体が重大な国の方針変換である。これはまさしく安倍総理の言う戦後レジームの転換に他ならないのである。しかし、国軍を保持するというなら、少なくとも従属的な安保体制に基づく駐留米軍は縮小すべきであろう。当然のことながら沖縄県民の反対意志が明確な辺野古に米軍基地を移すという案も白紙に戻すべきだ。とはいえ日米安保体制を廃止することはしてはならない。なぜならアメリカの核の傘はこれからも必要な情勢に変わりはないからである。

中国と韓国の間で長年もめている領土問題についても、この際、解決を目指すべきである。以前にも述べたように、日本が尖閣を領有したのは1895年で、竹島を領有したのは1905年である。このいずれの年も戦争の最中であった。すなわち尖閣は1894年7月に始まった日清戦争の最中で領有されたのであり、竹島領有は1904年2月に始まった日露戦争の最中である。いずれの戦争も朝鮮半島を日本の支配下に置くための侵略的戦争であり、その戦争の中で重要な戦略拠点と認識されたために領有された。特に竹島の場合はロシアのバルチック艦隊を迎え撃つための最重要な拠点であった。

にもかかわらず日本の外務省は一切戦争との関連についてはふれていないし、その年が戦争の最中であったという事さえ紹介されていない。ちなみに外務省HPにどのように記されているのか該当箇所を紹介しておこう。

尖閣領有化の外務省による説明
尖閣諸島は,歴史的にも一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しています。元々尖閣諸島は1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない,単にこれが無人島であるのみならず,清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認の上,1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものです。

竹島領有化の外務省による説明
今日の竹島において,あしかの捕獲が本格的に行われるようになったのは,1900年代初期のことでした。しかし,間もなくあしか猟は過当競争の状態となったことから,島根県隠岐島民の中井養三郎は,その事業の安定を図るため,1904(明治37)年9月,内務・外務・農商務三大臣に対して「りやんこ島」(注)の領土編入及び10年間の貸し下げを願い出ました。中井の出願を受けた政府は,島根県の意見を聴取の上,竹島を隠岐島庁の所管として差し支えないこと,「竹島」の名称が適当であることを確認しました。これをもって,1905(明治38)年1月,閣議決定によって同島を「隠岐島司ノ所管」と定めるとともに,「竹島」と命名し,この旨を内務大臣から島根県知事に伝えました。この閣議決定により,我が国は竹島を領有する意思を再確認しました。

上記いずれの説明でも明らかに外務省は意図的に戦争との関連を隠していることが分かる。特に竹島領有化の過程ではあしか漁が過当競争になったために領有化したという説明をしているが、1905年1月が一体どのような時であったかというと、まさに国の生死が関わるロシアとの死に物狂いの戦争の只中であった。当時、日露最後の決戦地と想定されたのがバルチック艦隊との日本海決戦である。バルチック艦隊はその決戦の7か月前に黒海を出立したという情報が日本側にも伝わっていた。その最後の決戦地になると想定された最重要の戦略拠点として竹島が領有化されたのである。

このあと日本は日本海決戦で勝利し、同年8月にポーツマス条約が成立し講和した。この戦争はそもそも日本が朝鮮半島を支配するための戦争であった。そのことは日露戦争が日本軍の旅順港先制攻撃で華々しく始まる前に満韓交渉が行われていたことでも明らかである。満韓交換交渉というのはロシア側の満州支配を認める代わりに、日本側の韓国支配認めさせようとする交渉であった。この交渉を提案したのは日本側であるが、その前に韓国政府に相談したわけではもちろんない。勝手に他国の支配権をめぐって別の国と交渉しようという歴史的にもおよそ例がないほど卑劣極まりない交渉である。ただし、ロシアはこの交渉に積極的に乗ってこなかった。ロシア側は交渉の条件として朝鮮半島と満州との間に北緯39度以北に非武装中立地帯が必要だと主張した。しかし日本は非武装地帯を認めるとロシアの南下を許すことになると考え交渉は決裂した。

この交渉が決裂することによって、日本は戦争やむなしの決断を下し、1904年旅順港に停泊していたロシア艦隊に先制攻撃を仕掛けて宣戦布告を宣言した。真珠湾攻撃と同じく不意打ちによる奇襲攻撃はほとんどの日本の戦争でお馴染みのお家芸である。ちなみに日清戦争の開戦も日本側の一方的奇襲攻撃に始まっているので、事実上は日清戦争前からのお家芸であった。

いうまでもなくロシアに勝利することによって日本が得た最大のものは朝鮮半島の支配権であった。もちろんその権利は決してロシアとの講和による正当な交渉によって得たものではない。朝鮮半島はそもそも有史以来の独立国であり、中国の歴代王朝の冊封体制の中に属する軍事的には中国の従属国家にすぎなかったが、その自主独立の体制は長きにわたり維持されていた。しかし日清戦争後に韓国は清国の冊封体制からはずされ、軍事的に対立する諸勢力の中で独立の維持は困難になっていた。そこで韓国初代皇帝高宗は永世中立国として生きる道を選ぼうと世界中に働きかけた。日露戦争前にイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、デンマークなどの諸国が韓国の中立化を認めようとしていた。しかしそれを阻んだのがまたも日本である。日露戦争が終わると韓国の運命は日本の保護国となる道しか残っていなかった。これは韓国が主体的に選択した道ではなく、日本の軍事力によってそのように強制されたのだというしかない。

このような経緯をみると竹島はあしか漁の過当競争の為に領有化したという日本外務省の説明は韓国側からすると許すべからざる嘘と映るだろう。同様に尖閣領有化の説明についても日本政府は日清戦争の只中で領有したという事実を隠し、尖閣が無主の地であることを確認して領有したのだと説明しているが、事実は前にも述べたようにその十年ほど前に閣内で議論があった際に当時の外務卿井上馨が「そうすることは清国を刺激するおそれがある」と答えた記録が残っており、無主の地であるとは必ずしも認識していなかったことが明らかになっている。

尖閣については1972年の沖縄返還前に中国も台湾も領有権を主張している。それに対して沖縄返還の当事者であるはずのアメリカは尖閣が沖縄に属しているという事をいままで一度も明確にしたことはない。したがって、尖閣の領有権については歴史的にどの国が正当な主張をしているのかという客観的証拠は何一つない。

日本政府はこれらの領土問題がいまだ解決していない事実を認め、自らの主張だけを訴えるのではなく、外交によって平和的に解決する道を探るべきである。とりわけ中国と韓国に対しては過去の反省を踏まえて、できるかぎりの譲歩姿勢をみずからすすんでとるべきではないか。そうすることによってのみ隣国との関係もよくなるのではないか?

しかも日本がこれから戦後レジームからの脱却を目指し、憲法を改正し国軍保持を明確にしたいというのであれば、その前に隣国との関係を大胆に転換する外交が必要なのではないか。その一番の近道こそが領土問題の解決であろと思われるがいかがなものであろうか?

尖閣については領土問題が解決していないという事実を日中双方で認め合うという共同声明を出し(中国はすでにその線で合意できるとしている)、また竹島については日露戦争の最中に戦略拠点として領有した事実を謙虚に認め、これを韓国併合の歴史的謝罪の意味も込めて韓国領として認めるという表明をされてはいかがであろうか。そうすることによって失う国益は実は何一つなく、逆に得られるものは隣国との真の友好の樹立であるとすれば、なぜそれができないのか私には分からない。


2015年6月6日 本項未定です。

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