3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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稀代のペテン師=安倍晋三 十の重罪

考えてみれば、当ブログで取り扱った内容のほとんどが安倍政権の問題にふれてくることに思い至る。当ブログをはじめたきっかけは3.11福島原発事故からわずか一カ月後の危機的状況の中で始まったおぞましい菅降ろしの政局であった。その最大の仕掛け人は小沢一郎であったが、もう一人、陰で菅降ろしを画策していたのが実は安倍晋三である。菅氏を最大の窮地に陥れたいわゆる海水注入問題でデマを流していたのが誰あろう安倍晋三であった。そのデマによって、まるで菅総理が原発事故を起こした張本人のような言い方をして、魔女裁判のように異様な菅降ろしが始まった。それが明らかなデマであるということは菅元総理が刑事告訴という自らにも火の粉が降りかかってくるかもしれない訴えを起こしたことをみても事の重大性がわかる。しかしその当時の私は小沢一郎の悪巧みついては当ブログでも何度か書いたが、安倍晋三については比較的誠実な人物だと誤解していたために、安倍晋三が悪巧みを企んでいるということにはまったく思い至らなかった。今思えば、当時から彼は虎視眈々菅降ろしの成功後に自分の順番が回ってくることを確信していたのであろう。

今になってはっきり断言できるが、安倍晋三という人物は稀代のペテン師である。彼は小学校2年生のころから東大卒の先生が家庭教師につきガリ勉をやり続けたが、学校の成績はさっぱり伸びず大学は私立の中堅校に受かるのがやっとであった。勉学に関しては信じられないほどの素質のなさといってもよいであろうが、しかしそんな人間に限って別の分野で才能をもっていることが多い。誰しも気づくと思うが、安倍晋三の演説をきいていると滑舌が非常に悪く、言っていることはほとんど決まったフレーズであり、これは出来の悪いガリ勉生徒の「なんとかの一つ覚え」に近い。こういう人は応用問題になると答えがみつからず、どう答えればよいのか分からないので、しどろもどろになりやすい。先日の日テレNEWSZEROやTBS ニュース23のインタビューでヒステリックなほど狼狽しているようにみえたのは、応用問題ができない生徒の焦りにも似ているのではないか?

しかし、安倍総理が今日の地位にありつけたのは、そのような頭の悪さを別の才能でカバーすることができたからではないかと思う。その才能と言うのはズバリ「ずる賢さ」である。自分の利益のためには平気でまことしやかな嘘を騙る。あのオリンピック招致の際の演説を思い出してほしい。あれは誰がみても「嘘」にしかみえないはずだが、そのような「嘘」を堂々と表情一つ変えず吐けるというのは、これはもって生まれた才能にちがいない。まるで歌舞伎役者が演舞の締めに見栄を切るような表情で「汚染水は完全にコントロールされています」とシラーッと言ったときには、まるで会場がその「嘘」に「嘘」と知りながら魅了されているかのようにみえた。

安倍総理のある種の才能というのは自分に有利な状況を作り出すためには手段をえらばないというほど功利的な行動ができるという点にあるのではないか。たとえば昨年、松井選手と長島茂雄氏に国民栄誉賞を渡した時、ピッチャー松井、打者長島、そして捕手は安倍晋三という、あまりにも分かりやすい国民的人気スターにあやかる舞台が設定された。普通の人ならそんなみえすいた舞台を設定するのは気恥ずかしくてできない。もしそんな芸当ができる人が他にいるとすれば、かつての中曽根総理か小泉総理であろうが、おそらくその演技力たっぷりなお二人でもちょっと躊躇せざるを得ないほどみえすいた設定である。しかし、安倍総理にはそれが苦も無く自然にできてしまう!これはなぜだろうかと考えると、やはり彼のもって生まれた功利的な才能の出ずるところではないかと思わざるを得ない。

安倍晋三という人物には単純にそうすることが「有利」か「不利」かという判断基準しかなく、その意味では非常に単純な人間であるが、ただ普通の人なら逡巡するものでもそれが「有利」であるとみると、良心の呵責もなくその行動を選択できる。つまりたとえそれが「嘘」であっても、その「嘘」をつくことが自分に「有利」になると判断すれば、平気で「嘘」がつける。天性のペテン師という理由はまさにそこにある。

今回の意表を突く解散総選挙にしても、事前に世論調査をしたうえで必ず勝てるという功利的な計算に基づいてなされており、これは前にも書いたように憲法69条の解散規定に逸脱する脱法行為であるが、こんな無茶苦茶な選挙を自らの外遊中に側近たちに指示しておきながら、帰国後のインタビューで「いつ頃から解散を決めていたのですか?」と問う日テレ村尾キャスターの突然の質問に対して、(それまで「解散について私は一言も言ったことはない」と公式に表明していた手前)「解散はまさに今日決めました」と平気で嘘をつくその厚顔さにはさすがの村尾氏もあきれたような顔をしていた。

同じ違法な解散総選挙でも小泉元総理の郵政解散のときと比較してみると今回の解散の違法性はよりきわだっている。小泉氏の場合も確かに無茶苦茶な解散であったが、しかし彼の場合は事前の世論調査とかをすることもなく、自らの信念にしたがって純粋に国民の声を聞いてみたいという解散であった。そこには安倍総理のようなずる賢い計算は見当たらない。あのときの国民は小泉氏の思いつめたような純粋さに支持の一票をいれたのであろう。しかし今回の解散は今選挙をやれば負けることはありえないという事前の調査結果を確認したうえでの計算づくの解散である。しかもこの選挙によってあとプラス4年の長期政権を維持できるという、まさに国民をなめきったような違法選挙である。衆議院の解散という総理大臣の権利(この権利は本来内閣不信任案決議の対抗措置として認められているだけである)をここまで拡大解釈し、それを独裁政権維持のために利用するということは、国権の最高機関であるべき国会を著しく軽視した権力の暴走であると批判されなければならないであろう。

※今回の解散については小林よしのり氏が憲法に基づいて実に適切な批判を行っているので、参考にされたい。
ゴーマニズム宣言

安倍総理はおそらく総理大臣という仕事はときに嘘も平気でつかなければ国益を損なってしまうというような信念でも抱いて平気で嘘をつきまくっているのかもしれないが、だとすればそれは勝手な自己弁護にすぎない(なぜなら本当に正直な人は嘘をつけば得であると知りながらもつけないものだ)。むしろ彼の平気で嘘をつけるその天性の才能こそが、まさに彼を現在の地位につけたのであり、そしてさらにその地位をあとプラス4年も伸ばそうなどと言う不遜な企てを成功せしめようとしているのだから、善良な国民にとってはまさにこれは「災難」という他にない。

もちろん政治家というのは大半が多かれ少なかれペテン師である。ただ多くの政治家は頭のよさや良識が邪魔をして、そうすることが自分に「有利」であるとは分かっていても、中々、そうすることができない。どうしても周囲の評判とか失敗の恐れとかを気にかけて、ややもすればそうすることが「有利」であると知りながらも消極的になる。このタイプの政治家はたとえば宮沢元総理とか海部元総理、福田元総理(親父も二代目も同じタイプであった)あるいは河野元自民党総裁、加藤紘一議員…等々の面々が浮かぶ。彼らはいずれも頭がよく性格もおしなべて善良であり、その分役者的なはったりができないイメージがあった。しかし国民はそういうどちらかというと善人タイプの総理大臣を持つことはあまり好ましく思わないようだ(このあたりはロシア人の代々の指導者とよく似ている)。

安倍総理の地球儀俯瞰外交といわれる精力的な外交手腕が評価されることがあるらしいが、これは私にいわせればめちゃくちゃである。安倍総理の外交はことごとく失敗している。ロシアのプーチンと仲良くし、あわよくば北方領土返還を実現させた総理として歴史に名を残したいところであったが、ウクライナ危機によってどうしようもなくなった。彼の外交がひどいのはロシア軍が大量の軍隊をウクライナへ送り込んだ時点でさえ、なんら危機感もなく、今までどおりの親ロ外交を続けられると思い込んでいたことである。国際情勢が変わっているのに、その変化の意味がまったくわかっていない。この辺は応用問題ができない頭の悪さから来るものであり、どうしようもない。最後にはアメリカやヨーロッパからお灸をすえられてはじめて気がつくという頭の悪さである。

北朝鮮の拉致問題にしてもそうである。「わたしの政権の間に必ずこの拉致問題を解決します」という、例のごとく大見栄をきっていたが、そもそもこの問題がかかえている国際環境の深刻さというものがわかっていない。安倍総理の功利的な頭の中では、金さえ出せば北朝鮮も交渉に応じるようになるだろうと踏んでいたが、相手はそのような計算をはるかに上回る政治的駆け引きをしてくるのが得意な国なのである。相手は相手でこの交渉を日本側の思惑とは別の思惑で使おうとしており、それは安倍総理が考えるような大団円で終わるはずがない。もし拉致問題の解決の為に何千億円あるいは何兆もの金が北朝鮮に渡されれば、北朝鮮はその金でますます核開発にはずみがつくだろう。そうなると日本の政策はアメリカや韓国、そして(現在では北朝鮮と敵対している)中国との関係も悪くなることは必定である。しかし、単細胞の功利主義者安倍総理の目には目前の「有利」か「不利」かという二者択一的な視点しか持ち合わせないので、拉致問題の交渉で周りの国々から批判されることの意味さえ分からないのである。

安倍総理は非常に計算高い功利的な人物であるが、本質的には単細胞(すなわちバカ)で複雑な思考ができない。だから安倍総理は常に「有利」か「不利」かという二つの選択肢しか頭に思い浮かばない。

日本がインドやトルコ、ブラジル、ミャンマーなど、海外の国々へ行って新幹線や原発技術を売り歩くというトップセールスを展開するのは、国益のために結構なことではないかと多くの国民は支持しているようだ。おそらくこのような外交の得点が安倍政権の支持率の高さにつながっているのであろう。これは安倍総理の功利主義が国益そのものにつながると思われているのだろう。しかし、新幹線はともかくも原発技術を海外に売り歩いてまで日本は自国の利益を追求しなければならないのか?このような道徳的非難が、日本人の間でよりもむしろヨーロッパで強くなっている。特に原発開発に積極的なトルコというのは日本と同じ地震大国である。そしてトルコは将来EUの一員になるかもしれない、ヨーロッパにとっては重要な国である。そんな近くのいつ大きな地震が起こってもおかしくない国で原発を次々と開発されてはたまったものではない。現在、ほとんどのヨーロッパ諸国で進んでいる脱原発の流れに、わざわざ福島で大事故を起こした国の総理が来て原発開発をすすめるようなことはやめてほしい。おそらくヨーロッパの国々はそう思っていることだろう。

安倍政権の外交というのはかくも頓珍漢なのである。しかし、多くの国民はそのことに気づかず、彼の嘘にそれを嘘と知りながらも、騙されてみるのもいいじゃないかとのんきに構えている。このような基本バカで生まれながらのペテン師としての才能だけで総理をやっているような人物をこの先四年も総理で居続けられてはたまったものではない。

安倍政権はまちがいなく戦後最悪の政権である。そのように断じる理由を以下「稀代のペテン師=安倍晋三 十の大罪」として今後も記憶にとどめるために整理しておきたい。

稀代のペテン師=安倍晋三 十の大罪
1.安倍第一次政権の時代に二重のバックアップ電源喪失の可能性による原発事故の可能性をなんら想定しなかった罪。

前にも紹介した共産党吉井英勝議員の質問に対する安倍総理の返答を再掲しておく。このような発言をしている人物が福島原発事故以後も総理大臣でいられるというのはおそらくヨーロッパ諸国(否、その他の国でも)では考えられないことであろうが、この国ではまったく問題にもされていないというのは日本人の民度が疑われても仕様がないであろう。当時は誰も原発事故は想定していなかったというかもしれないが、しかしこの答弁のわずか2,3年前にインドネシア・スマトラ島でマグニチュード9.1の巨大地震と津波が襲っている。その津波の犠牲者は25万人を超えているのである。津波の高さは福島のときと同様数十メートルもあり、同程度の規模の津波が襲った場合の想定は当然、日本政府がしておかなければならなかったはずである。少なくとも共産党の議員からこのような指摘を受けたときに、なんらかの対策を講じていれば福島原発事故は防げた可能性があった。したがって安倍総理は福島原発事故を招いた最大の責任者の一人であったといっても過言ではない。少なくとも福島原発事故前にこのようないい加減な答弁をしていた彼は総理大臣になる資格はまったくなかったはずである。

Q(吉井英勝):海外では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか
A(安倍晋三):海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない

Q(吉井英勝):冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):冷却に失敗し各燃料棒が焼損した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測や復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない


2.福島原発事故で故意に根拠のないデマを流し当時の菅総理を誹謗中傷した罪。

この件については先にも述べたとおり、菅氏が安倍氏を名誉棄損で刑事告訴しており、現在でも裁判所で係争中であるが、先の吉田調書でも明らかになった通り、吉田所長に海水注入の中断を命じたのは東京電力の武黒フェローであったということが明白になっている。にもかかわらず安倍氏は菅総理が海水注入の中断を指示したのだと勝手に決めつけて自らのブログで発信し続け、この安倍氏が流したデマによって「菅総理こそ原発事故を招いた張本人だ」という菅総理に対するあらぬ非難の声が洪水のように沸き起こった。これは火事場泥棒的な政権転覆のための意図的中傷であり、それによって彼が今日の地位にあるとすればなおさらこれは許されるべきことではない。

3.原発汚染水は100%コントロールされているという大ウソをついて世界を欺いた罪。

これについては誰もが認める「嘘」であり、でなければ驚くべき「無知」である。福島原発の汚染水問題はコントロールされるどころか、現在でも海水中及び地下水脈中に広がり続けているし、汚染水タンクはあと2年か3年の耐久性しかなく、地下水を封じ込める凍土壁の構想も破綻している。そもそもメルトダウンした莫大な量の放射性核燃料はあのチェルノブイリ事故の数倍もあると想定されており、依然としてそれが実際にどれほど地下水を汚染しているのかということも分からない。この先もどのように処理していいのか根本的解決策はなく、具体的な計画も描かれていない。仮に汚染水タンクが破損するほどの大きな地震がおこると、汚染水のコントロールはもはやどうしようもなくなり、そうなるとオリンピック招致どころではなくなる。そもそも日本はオリンピックなどよりもっと大事なことが山ほどあるはずだが、いつまでも大国主義の幻想にひたりたい国民には安倍総理の「嘘」は頼もしい「嘘」として見えたのであろうか?

4.憲法に違反する靖国参拝を支持率UPに利用し続けた罪。
いうまでもなく靖国神社は一宗教法人である。憲法20条はすべての国民に信教の自由を保障しているが、同時に「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定されている。にもかかわらず、安倍晋三氏及び彼が任命した閣僚たちは公然と国民の代表として靖国参拝をしているが、その行為自体が憲法違反なのである。靖国神社は本来、戦争で亡くなった遺族たちのための慰霊施設であり、いうまでもなくその遺族たちの慰霊の思いは純粋で尊いものではあるが、国家機関がその施設を護持すべきものであってはならないと憲法は規定している。この憲法の規定が内包しているのは靖国神社が日本の過去の戦争の思想的バックボーンとして侵略戦争に加担していった歴史に対する深刻な反省である。しかも1978年にA級戦犯が合祀されて以来、昭和天皇がこれを非常に憤り、「だから私はあれ以来参拝しない」とまで侍従長にいわれたという記録が残されている。にもかかわらず、安倍晋三氏及び彼のお友達が参拝を強行するのは、そうすることがなんら国民から批判されず、むしろ支持率アップが期待されるということを知っているからである。しかも、そうすることで国民のナショナリズムを煽り、隣国との関係を損なうことも承知のうえでなされているのだとすれば、これは由々しき罪であるといわねばならない。

憲法20条
1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない


補足であるが、この憲法20条第2項の「何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。」という規定にも靖国神社はそむいている。これに関して故山本七平氏が次のようにのべている。

(靖国神社は)ナショナルシュラインと誤解されているようだが、決してそうではなく、なんびとも靖国参拝を強制されてはならない。日本国憲法は「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」と明記されているから、もちろん靖国神社にも保障されている。だが同時に憲法は「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」と明記している。戦犯を祀った神社などに参拝しないという人もいるであろう。靖国神社への合祀を取り下げてくれという人もいるであろう。それは各人の自由である、と。こういえる状態にあるとまず靖国神社自身が明言すべきであろうー信教の自由を主張されるならば。
自らが「信教の自由」を主張するなら、他人の信教の自由も尊重すべきである。「厚生省から祭神名簿がきたら自動的に合祀する。合祀したものは一枚の座布団に座っているから、霊璽簿からの分離は絶対にできない」は国家を背景とした強制であろう。
純然たる一宗教法人なら、他の宗教感情を無視したそのような強制はできない。簡単に言えば、ある宗教法人の名簿から、信教の自由を無視して、たとえば遺族が要求してもその名をはずすことを拒否しうる宗教法人などあれば不思議である。(「戦争責任と靖国問題」さくら舎)P40-41


5.河野談話と村山談話の見直しをほのめかし、過去の帝国主義戦争と植民地政策によって多大な迷惑をかけた中国及び韓国との和解の枠組みを毀損しようとした罪。

安倍政権は第一次政権でも第二次政権でも、発足と同時に村山談話と河野談話の見直しを自らの政治目標として掲げようとした。このようなことは自民党のかつてのどの総理もいわなかったことである。特に河野談話と村山談話は日本人の総意としての謝罪を表明したものであり、だからこそ代々の総理大臣がこれを継承するとしてきた。つまり、安倍内閣でこれを見直すということは日本人がもはや謝罪の意思はない、あるいはいつまでも謝罪するのはもう御免こうむりたいということの表明に他ならない。こんな極右の妄想史観がまかりとおっていいはずはない。安倍総理はまた就任早々、「侵略戦争の定義はない」などと発言し、アジア諸国に多大な迷惑をかけた戦争をあたかも正当化するような発言までしている。安倍氏の想いの根っこには戦争を正当化したいと思っているのではないかという周囲の国々の疑惑が起こるのは当然であろう。

ここまで関係が悪化しているにもかかわらず、安倍内閣の支持率が落ちないということは、要するに国民は隣国との関係はもうどうでもいいと思っている証拠であろう。これは非常に危険な兆候である。ロシアのプーチン大統領もウクライナに軍隊を派遣してから支持率が急速にアップしている。隣国との緊張が高まれば高まるほど、あるいは戦争の危機が深まれば深まるほど、その政権に対する支持率はどの国でも高くなる。安倍総理はそういう読みについてはしたたかに計算し、隣国との関係が悪化しても損することはないと高をくくっているのであろう。しかしよく考えていただきたい。

韓国も中国も昔に比べればはるかに民主的になり、いまや先進国の仲間入りをした国である。中国の場合はたしかにまだ共産党の一党独裁制が続いており、民主化されたとは言い難いが、しかしそれでも一昔前に比べれば、きわめて国民の生活が豊かになり、そしてまた表現や言論の自由も宗教の自由も少しずつではあるが改善されつつある。さらに習近平氏が主席になってから中国は腐敗の一掃などの大改革を次々にやりとげている。これはアメリカなども認めるところであり、だからこそ米中関係は良好になってきたのである。反対に、それまではもっとも近かった北朝鮮とは縁を切り、いまや欧米との友好関係の方をより重視するようになってきた。これは大きな時代の変化である。

また韓国は二十年ほどまえまでは軍事独裁政権のなごりがくすぶり続ける問題の多い国であったが、いまや先進国の仲間入りをしている。特にテレビや携帯電話などのシェアでは世界一の国になっており、また他の電子機器や映画や音楽などのエンターテインメント分野でもいまやアジア市場では日本を追い越している。それにスポーツや他の分野でも日本を追い越し、人口が日本の半分ほどしかないというのに目覚ましい発展ぶりである。これもかつては想像もできなかったほどの変化であろう。

にもかかわらず、安倍政権になってからなぜ日本人は反中、嫌韓に傾斜してしまったのか?要するに、日本人は彼らが発展していることにやきもきして妬んでいるだけではないか?そのように思えてならない。日本人は同じアジア人としてもっと大きな包容力を示すべきではないであろうか?ドイツやイギリスのように、ヨーロッパ全体の利益を考えるというぐらいの度量をもてないものか?むしろ先の戦争で迷惑をかけた隣国の奇跡的な発展を喜ぶぐらいの民度になれないものか?そんな余裕を日本人に求めても到底無理であろうか?

6.米国との信頼関係を崩してしまった罪。戦後の総理大臣の中で米国との関係をこれほど悪くさせた総理大臣はいない。日本人は隣国との関係もあるが、このことも真剣に心配しなければならない時にいまや来ている。民主党の鳩山政権の時代に普天間基地の移転問題で軽はずみな公約をしたために、米国との信頼関係を崩してしまったと盛んに自民党などから批判されていた。しかし現在の安倍内閣はその鳩山政権の時代よりもはるかに日米関係は悪化している。そもそもオバマ大統領は従軍慰安婦問題や露骨な歴史修正主義によって安倍内閣に対して修復できないほどの不信感をもっており、このような日米間の相互不信はかつてなかったことなのである。にもかかわらず、メディアがそれを伝えないために国民はほとんどそれに気づいていないらしいので、なんとか安倍総理も面目を保っているが、しかし今年四月に国賓扱いで来日した際のオバマ大統領の発言や態度はあきらかに安倍内閣に対して不信感を持っていることが窺われた。そのオバマ大統領を国賓として迎えるために、安倍総理は自らの河野談話と村山談話の見直しという政治目標を撤回し、それを継承することをやむをえず約束されたのである。この結果、安倍総理は玉虫色のようなどうとでも解釈できる情けない状態になって二枚舌を使い国民と世界をだまし続けている。これが安倍内閣の実態である。

そういえば一昨日、ニューヨークタイムズが安倍政権の慰安婦問題に対する対応を社説で批判していたらしい。
参考まで:時事タイムズ

7.ドイツ、イギリス、フランスなどのヨーロッパの先進国からも批判され国際的に孤立させた罪。

安倍内閣ほど欧米先進国から完全に見放された総理大臣はいない。先日、行われたAPECKやミャンマーでG20での安倍総理の存在感のなさは可哀想なくらいであった。映っている映像をみるといつも一人ぼっちで、話し相手もなく、写真撮影の時もまるで背後霊のようにしか映っていない。本当に彼は世界中に誰一人よき話し相手がいないんだなと同情せざるを得ない。しかしこれは自らが招いた結果であって、その疎外感は自らでうけるしかないであろう。幸いなことに、ほとんどの国民はまだそのことにきづいていない。メディアが遠慮をして、安倍総理が一人ぼっちだということを強調しないからだ。しかし、彼の評判の悪さはいまや折り紙つき(むしろ札付きというべきか)である。ちなみにabe nationalist で検索をかけると、でるわでるわ、37万件以上もヒットする。もちろんそのすべての記事が日本の安倍総理はナショナリストだと書いているわけではないが、一流の新聞やジャーナリズムの世界では「安倍=ナショナリスト」だというのがいまや通り相場である。これは笑い話ではすまされない。特にアメリカやヨーロッパではナショナリストと言う言葉はもっとも軽蔑され非難される言葉だからである。だからこそ、9月に安倍改造内閣の顔触れが発表された時、アメリカやヨーロッパの新聞社から即座にネオナチや在特会という団体の人物と一緒に映った高市早苗や稲田知美というおバカさんの写真が一斉に報じられたのである。安倍内閣にとっては幸いこのニュースは日本では東京新聞などの地方紙以外ほとんど報道されなかったようであるが、日本人がほとんど気づかないうちに世界中の日本に対する見方がどんどん厳しくなっているという現実はもはや変えられまい(安倍氏が総理を辞めない限りは)。

8.立憲主義から逸脱し集団的自衛権を閣議決定で決め憲法を空文化させた罪。
日本国憲法は明治以来の立憲主義の考え方に基づいている。すなわち明治憲法は天皇が主権者であることを規定しながらも、天皇の地位と権限は憲法によって規定されるという考え方であり、したがって天皇といえども憲法を逸脱して権力を行使することはできないものと定められていた。つまり戦前の天皇は憲法の上に立つ独裁者ではなく、あくまでも憲法に従うべき存在であると規定されていたのである。この憲法至上主義の考え方は戦後の日本国憲法にも引き継がれている。すなわち日本国民の象徴としての天皇の地位は憲法によって定められ、一方、主権は国民にあると定められ、国会や内閣、裁判所のそれぞれの権限も憲法によって定められている。国民の基本的人権も憲法によって定められているのであり、信教の自由や言論、表現の自由なども憲法によって定められている。

このような意味で憲法は為政者をしばるものであり、為政者が憲法の上に立つことはできないという考え方に立つべきものとされている。しかしながら戦前の憲法は天皇に属すると規定されている統帥権を軍部の勝手な解釈によって事実上は軍部が統帥権を握るようになり、これが侵略戦争に発展していった。このような戦前の苦い経験から、憲法を勝手に解釈することは許されてはならないという強い意識が戦後憲法のバックボーンとしてあった。ただし、自衛隊の存在は本来憲法には規定されていないが、いかなる国家でも自衛権は認められるはずだという考え方で合憲であると裁判所も認め、これを合法的に保持するようになった。これがそもそもの解釈改憲のはじまりであるが、しかし、自国の防衛ではなく、他国の防衛の為に自衛隊を送ることは許されるのかという集団的自衛権を認めることは戦後憲法の精神から著しく逸脱するが故に、これは過去のすべての政権において認められなかった。

このような憲法を空文化するに等しい解釈改憲を少数のかなり右寄りに偏った人々の閣議決定によってきめてしまったのだから、これは大変重大な国の方針変更になる。果たしてこの変更は必要なものなのかどうかという問題は難しいが、この決定がなされたあと、もはやこれは机上の論理ではなく、現実のきな臭い状況の中でいかにすればよいのかという状況になってきている。すなわちウクライナやシリアだけでなくイスラム国が聖戦を宣言して世界中でテロ活動を行うことをイスラム戦士たちにすすめている異常な事態になり、日本がこの戦争に参加するということは同時に彼らのテロ活動の標的になることも覚悟しなければならない事態になった。このような事態は安倍総理としても想定外の展開である。今後世界は再び世界戦争の時代に突入してゆく可能性もある。しかし、これからの日本は平和憲法があるから自衛隊は派遣できないという言い訳は通用しないことになり、同盟国のアメリカから求められれば地球上のどこへでも行って戦争に参加しなければならなくなった。このような重大な決定を国民的議論を経ずに自らの独断で軽々しくやったということは立憲主義の根本にそむくものであり、総理大臣の権限を逸脱した独裁政治にも通じるものであるといわねばならない。

※イスラム国問題が深刻化した原因はブッシュ政権時代に起こした大義のないイラク戦争であった。この戦争を肯定したのは小泉政権時代の明らかな誤りであるが、なんと当時の官房長官であった安倍氏は「大量破壊兵器がないことを証明する責任はイラクにあった」としてイラク戦争を正当化しているのである。これについては再び小林よしのり氏の痛烈な批判を参考にされたい。 ゴーマニズム宣言

補足:集団的自衛権によって日本の自衛隊は他国の戦争に参加するようになるのは当然であるにもかかわらず、そのことを決して認めず、米軍の船に乗った日本人を安全に帰国させるために自衛隊が護衛することは集団的自衛権がなければできないなどという事例をパネルを使って説明していたが、このような説明自体がペテンである。集団的自衛権を認めることは明らかに日本の自衛隊が外国の戦争に参加することを意味しているのであり、日本人が外国の戦争で血を流すことを意味しているはずだ。なぜそのような覚悟が必要だということを真面目に説明しないで、お茶を濁すような説明で逃げようとするのか?このような故意に真実を隠蔽する説明でごまかそうとする安倍晋三は自らペテン師であることを証明しているようなものだ。それにしてもアメリカ軍はこのような安倍氏の説明を知ったらどう思うのか心配である。日本人というのは自分たちの命さえ安全であればよいとしか考えない民族なのだろうか?と不信感をもたれても仕方がないのではないか?

9.NHKの経営委員に極右思想のお友達を数人送り込みNHK会長人事にまで手を突っ込んだ罪。
およそ中立であるべきNHKにもっともふさわしくない人物を経営委員に送り込み、番組の編成権や編集権を安倍総理が間接的に操縦できるような体制に変えようとしているのではないかと危惧せざるをえない。それだけではなく安倍総理は読売や産経社長あるいはフジテレビの社長などとも頻繁に会合をしているらしい(そればかりか朝日や毎日の社長とも会合をしているらしい)。一体、彼らはこの日本をどうするつもりなのか、主要な言論機関までまるめこんで自らの独裁体制築こうとしているのか?これに関連して秘密保護法は果たして必要なものかどうかという国民的議論が十分に行われず、これを短期間の間に決めたことは将来において禍根を残す可能性が大であろう。これによって日本の報道の自由にかなり制限がかかったことは間違いなく、これから原発問題や安全保障問題(それどころか安倍政権批判も)に関する取材が自由にできなくなる可能性が強まった。世界180カ国の報道の自由度ランキングというものがこのところ毎年発表されているらしいが、日本は民主党政権時代に11位だったのが、安倍政権になってから59位に下げている。これは韓国や台湾よりも報道の自由度が少なくなったということを意味している。国民はこれでもよいと思っているのであろうか?

10.アベノミクスによって円安を破天荒にすすませた罪。そもそもアベノミクスというのは要するに紙幣をどんどん印刷して大量に流せばそれによって円安が進行し、その差益によって輸出産業が潤えば株価があがるだろうというだけの話である。実際その通りになった。そんな理屈は偉い学者に相談しなくても誰でも分かることだ。株価が上がればみな景気がよくなったと錯覚して、経済は上向くだろう、そうなれば安倍内閣の支持率もますます高くなるだろう、・・・というのが当初の計画であったが、確かに株価は円安に連動してあがってはいるものの、実体経済は決して良くならず、円安だけがどんどん進行してゆくので、物価は跳ね上がり、庶民の生活はどんどん苦しくなってゆく。これがスタグフレーションという最悪の循環である。どうやらその最悪に循環にますます近づいているようだ。それに紙幣を印刷するということは赤字国債をどんどん発行するということである。世界最大の赤字国債を抱える国でいったいどこまでそんなことが許されるのか?ちなみにドイツは赤字国債ゼロで原発もゼロであるが、それでも景気は日本ほど悪くはない。このままどんどん赤字国債を発行し続けて、そのどこかの段階で信用不安が起これば、日本経済は沈没する他にないのだろう。そういえば一年以上も前に世界的な投資家ジム・ロジャーズ氏の次のように警告している。
20年後から現在を振り返った時、安倍首相という人物は、日本経済を破壊するとどめを刺した張本人として語られているに違いありません。日本人は早くそのことに気づくべきではないでしょうか。

ちなみにジム・ロジャース氏は安倍政権化での円安に連動した株価上昇を1年も前から予言しており、「平均株価が27000円を突破しても私は驚かない」ともいっている。つまり、このような異常な株価上昇は日本経済が復活していることを意味しているのではなく、むしろ沈没しつつあることの予兆だということである。

追記:ご存じの方も多いと思うが、総選挙後一部ツイッターの間で話題沸騰していた日テレNEWS ZERO村尾キャスターの安倍総理に対するインタビュー映像が、なぜか「放送コンテンツ適正流通推進協議会」という上部機関によって著作権問題を理由にYOUTUBEから削除されていた。



韓国ではナッツリターンというどうでもいいような話題でにぎわっているが、この安倍総理のインタビュー映像の衝撃はそんな話題よりもある意味はるかに面白いのに、これが政治的な話題であるというだけで日本のマスコミは一切報道もせず関わろうともしないのは、お隣の国に比べても情報公開が制限されている証拠でありなんとも情けない。

この映像を見ていない人に以下若干の説明をしておく。

日テレの村尾キャスターの至極あたりまえの質問(「働く人の70%以上は中小企業に勤めているんですよ。中小企業に賃上げする余裕はあるのですか?」)に対して安倍総理はなんと憮然とした表情でイヤホンをはずし一方的に選挙演説の延長のような自説をまくしたてていたのである。

この映像について詳しく知りたい方は以下のページをみてください。
never まとめ

私はこれほど総理がマスコミの記者にたいして居丈高にふるまうシーンはいまだかつて見た記憶がない。しかもこれは選挙の圧勝が判明した後のインタビューである。そういえば今から40年以上も前に安倍総理の大伯父の佐藤元総理が引退記者会見のときに新聞記者をすべて退席させ、無人のテレビカメラの前で自らの想いを国民に向かって直接語ったという歴史的にも記憶される有名なシーンを覚えているが、この安倍総理のインタビューでの振る舞いはそういった次元の高い話ではない。要するに、このインタビューでわかったのは安倍総理の幼児的ともいえるほどの批判に対する耐性のなさである。この意味では(冗談ではなく!)北朝鮮の金正恩の幼児性を彷彿させる。安倍総理=稀代のペテン師というのは、本当のところ自己中心性からいつまでも脱皮できない幼児的な人物だというほうが正しいのかもしれない。そのような本性が隠しきれずつい露わになった事件である。この事件は今年話題になったさまざまなインタビューシーンの中でも最後を飾る傑作の一つではないか?

ちなみにネットのツイートの中で特におもしろかったのは、西宮市会議員・野々村氏の幼児性と比較していたことである。これは思わず「あたり!」とさけばずにはいられないが、しかし、野々村氏は耳に手を当てて質問に対して聞くふりをしていたのと比較するといずれが幼児的なのか?これは決して笑い話ではない。



本項未定です(12月26日)

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