3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

朝日新聞社の謝罪問題

この半年ほどの間、暇を見ては秦郁彦著「慰安婦と戦場の性」(新潮選書)を読んでいる。残念ながら私には斜め読みの才能がないので、2段組みで400ページ以上もある本書を読破するのに五か月以上もかかってしまった。これに並行して吉見義明著「従軍慰安婦」(岩波新書)ほか、類書を4、5冊読んだが、他の本に比べて秦氏の本は分量が多いだけではなく、論点がよくわからないので苦労する。一度読んだだけでは、何がどうなのかさっぱりわからなくなってしまったので、今再読しているところである。ところがそうこうしているうちに、この論争が新たな段階に発展しているようなので、いまだこの論争の本質がつかめない中ではあるが、このあたりで自分の考え方を少し披歴してみたいと思う。
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先日、朝日新聞社が吉田清治氏の慰安婦強制連行に関する一連の証言が虚偽であったとする最終的な検証結果なるものを発表した。ところが間違いを認めながら謝罪がないということで逆に読売新聞社や産経新聞社から一斉に袋叩きにあっている。この問題では朝日新聞社の論調に近い毎日新聞社まで朝日新聞社に対して謝罪が必要ではないかという社論を発表している。さらに朝日新聞に毎週「池上彰の新聞ななめ読み」というコーナーで記事を書いていた池上彰氏が「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」などと当の朝日新聞を批判する記事を書いたところ、これを掲載できないとしてスッタモンダの騒ぎとなり最終的には朝日新聞社側が自らの非を認め、池上氏の批判記事を掲載することで落着した。

さらに一昨日(9月11日)は福島原発の撤退問題で吉田調書の読み間違いがあったということを朝日新聞社が認め、これを社長自身の会見で公式に謝罪するという前代未聞の場が設けられた。そしてその場で社長は自ら責任をとって辞任することを示唆したが、ただし社長が今回公式に謝罪したのは吉田調書の読み間違いがあったという一件についてであり、同じ「吉田」姓でも慰安婦問題の吉田証言を虚偽であると認めた件についての謝罪はほとんどなく、ただこの問題についての周囲の批判については「謙虚」に受け止めているという姿勢を強調したにすぎない。

吉田調書の問題については、またあらためて書くつもりであるが、この問題で社長がでてきてわざわざ謝罪会見をしなければならぬという決断に導いた朝日新聞社の判断にはきわめて違和感を覚えた、さらにこの会見には慰安婦問題の「摩訶不思議な論争」が影を落としているために、なんとも奇妙な絵として私には思われた。

池上彰氏が「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」と朝日新聞を批判しているのはもちろん筋が通った指摘であり、おかしくはない。しかし、読売新聞や産経新聞あるいは安倍総理自身も会見でそう述べたように「吉田証言を国際的に拡散したことによって日本の名誉が著しく傷つけられた」という観点から、朝日新聞に謝罪をせよと求める<きわめてナショナリズムに偏した>「空気」に同調して池上氏がそう指摘しているのであるとすれば、それはおかしいと感じた。ただ、池上氏の批判文を素直に読むとそういうことではなく、要するに吉田清治氏の証言に関する検証が遅れたということに対して謝罪をすべきであるということを指摘しているだけであり、これはその通りである。

吉田証言を国際的に拡散させた責任云々というが、しかし、その波紋が世界にどれだけ広がったのかということは明らかではない。吉田証言は90年代の初めからほとんどの研究者の間で疑問視されており、左派の吉見義明教授にも信用されず彼の著書の中にも取り上げられることはなかった。93年に河野談話が作成された過程でも、その作成に関わった人々の間でも吉田証言は信用されず、したがって「強制連行」という言葉は河野談話の中でも使われていない。朝日新聞社が吉田証言を紙面で取り上げたのは1982年9月のことである。その後、91年から92年にかけて朝日だけではなく、北海道新聞や東京新聞、神戸新聞などの地方紙、そして毎日、読売、産経新聞などでも取り上げられた。雑誌でも92年に週刊新潮などに何度か掲載されている。しかし秦郁彦氏が1992年4月に産経新聞正論欄に自らの済州島での検証結果を発表し捏造の疑いが浮上したために、この後は吉田証言に関する報道はほとんど姿を消し、93年の河野談話作成の過程でも証拠として採用されることはなかった。

朝日新聞社もこれ以降取り上げていなかったが、97年3月31日の特集記事で次のように書いてこの問題を総括している。

「朝日新聞などいくつかのメディアに登場したが、間もなく、この証言を疑問視する声があがった。済州島の人たちからも、氏の著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない。吉田氏は(自分の体験をそのまま書いた)と話すが、(反論するつもりはない)として関係者の氏名などデータの提供を拒んでいる」

今回の朝日の取り消し記事は、このときの総括を再度検証し直した結果を公表したものであって、誤解がないように付け加えると、この間、朝日新聞社が吉田証言を信用していたということではないということである。ただ朝日新聞社に落ち度があったとすれば、80年代から92年頃まで吉田証言を信用して十数回にもわたって取り上げたということであり、他社に比べて朝日新聞がこの報道に対して特に積極的であったということである。したがってこの吉田証言を国際的に拡散させた責任は朝日新聞にあるのではないかといわれても明確な反論はできないだろう。

ただし、吉田証言が国際的に拡散したといっても何かのデータがあるわけではない。吉田証言が国際的に与えた影響の具体例は1996年に出された国連人権委員会のクマラスワミ報告に使用されたことがあげられるが、その後はクマラスワミ氏自身も秦氏や吉見氏らの助言によって吉田証言を根拠に使用することはなくなっている。そもそも米国やヨーロッパではこの問題はそれほど関心がもたれていないので、それらの国々の間で吉田証言が流布しているということも考えられない。唯一、考えられるのは韓国民の間で流言飛語のごとく、そのような噂が飛び交っているのではないかという憶測もあるが、これも確かではない。なぜなら韓国民の間では50人ほど名乗り出た元慰安婦の証言があるが、その彼女たちの証言の中には吉田証言に符合するような強制連行の例は存在しないからである。吉田証言を否定したのは他の誰でもなく韓国の済州島に住む人々だったということも忘れてはならないだろう。

ただしアメリカのいくつかの市で作られた慰安婦像の説明に強制連行と受け取れるような言葉(kidonapped)が使用されているではないかと指摘する人もいる。しかし、これに文句をいいたいのなら像を設置した責任者に対して文句をいえばいいだけの話で、今から20年も30年も前に吉田証言を拡散した朝日新聞社に対して慰安婦像設置の責任を問うのも子供じみている。それに暴力的な強制連行の証言は吉田証言だけではなくオランダ人やフィリピン人の元慰安婦の証言もあり、それを傍証した裁判記録もある(後日、当ブログで紹介するつもり)。また当時の状況証拠からいって多くの中国人女性が慰安婦として働かされるために強制連行されたとも考えられており、また業者が介在した朝鮮人の募集においても強制連行まがいのことが行われた可能性は残っている(これについても後日紹介する)ので、それらの慰安婦像の誇張した記述は必ずしも事実でないとはいえない。

たとえばアメリカの黒人奴隷の話でも、もっとも残酷な例だけが誇張されて世界に伝わっているが、本当は多くの黒人奴隷はアメリカに連れてこられて彼ら自身の生活が豊かになったというプラスの話は決して紹介されることはない。奴隷は人間として扱われていなかったというわれわれの思い込みは実際とはかけ離れているであろう。彼らの多くはむしろ人間らしく扱われ時には家族の一員として愛されもしていたのである。しかしアメリカ人はだからといって奴隷制にもいいところがあったなどと弁解はしていない。

「慰安婦comfort women」を「性奴隷sex slaves」と海外からいわれることに対して吉田証言の影響があるのではないかという人もいるが、そもそも日本人が「奴隷」という言葉に対して抱いているイメージが欧米の概念とは異なっているので誤解もあるだろう。愚かなことに従軍慰安婦の元になっている日本独特の公娼制度こそ「奴隷」という言葉にふさわしい実態があったということをほとんどの日本人は知らない。後に紹介するが、実は戦前の日本人の間でも公娼制度が奴隷制度と同じようなものであるということが自覚され、公娼制度を廃止すべきだと唱える人々が多くいたのである。ましてや従軍慰安婦という制度は侵略によって違法に占領した土地で公娼制度を持ち込もうとしたものであり、しかもそこで働く女性の多くは日本人の娼婦ではなく、被征服民(または植民地)の女性、すなわち朝鮮人や台湾人、中国人、フィリピン人、オランダ人などの女性がかき集められたのである。しかも、彼女たちは日本人の職業娼婦と違って、ほとんどが経験のない素人の女性であった。このような実態は国連や海外の人々からみて、どのように映るのであろうか?

この誤報で日本の名誉は著しく傷ついたと多くの日本人はいうが、私はむしろ逆ではないかと思う。日本の名誉が傷ついているとすれば、それはむしろ日本政府がいつまでも自らの罪を認めようとしないことによって世界中の評価を貶めているのではないであろうか。このところ世界中の新聞で批判されたりしているのは、そういうことではないか?

私が今回の一連の騒動でもうひとつ違和感を覚えるのは、一部の日本人がいまだにあの戦争を侵略戦争ではなかったとか南京の虐殺がなかったとかいう虚偽を広めていることである。そして憂うべきは、そのような虚偽宣伝に日夜加担している大手の新聞社や出版社が存在することである。彼らの宣伝が世界中からどのように評価されるのかということに対して、彼らはおそらくまったく関心もないのであろう。最近、新たに国連人権委員会で勧告された日本のヘイトスピーチに対する取り組みの不十分さの指摘には、われわれが日々週刊誌などの広告で目にする民族差別的表現などもヘイトスピーチに含まれる可能性があると解釈した方がよいであろう。

数日前、高市議員と稲田議員が日本のネオナチのグループと並んで写真を撮っている姿が世界中で報道されているのも、なぜなのか、一度頭を冷やして考えた方がよいのではないか。欧米では「安倍総理=ナショナリスト」という評価が定着しつつある。これは日本の評判にとって好ましいことであろうか?ほんの2年前まではイギリスの世論調査で日本は世界で好感がもたれている国の2位であったが、今では5位以下に落ちているという。これは安倍総理がいうように吉田証言が拡散されたためなのか?(普通に考えれば、安倍さん、あなた自身の評判の悪さが日本全体の評価を落としているということがわかるはずです。)

私は今回の吉田証言に関する取り消し記事は果たしてその必要があったのかどうか疑問を感じるものである。なぜなら、そうすることによって、この問題についての国民の正しい理解を得ることはより難しくなり、ただ右翼ナショナリストたちに非難の口実を与え、彼らを増長させたただけではないかと思うからだ。(ただし、冷静に考える人がこれを機会に増えれば、朝日の決断はむしろ良き結果をもたらすことも期待されるが・・・)。いずれにせよこれは日本人の責任が問われている問題であり国連の人権委員会をはじめ世界の有識者はそのようにしかみていないだろう。吉田証言は虚偽でしたということをたとえ彼らが認めたとしても、そのことによって日本の国際的評価が上昇するなどとはゆめ考えない方がよいと思う。むしろ逆効果でしかないのではないか。

この騒動の中で朝日、読売、毎日、産経の各新聞社へ電話をしてみた。この中でもっとも驚いたのは産経新聞である。産経新聞社で電話にでられた人に私は次のような質問をしてみた。

私;産経新聞社としては慰安婦問題についてどのように考えているのか、それとついでに南京の大虐殺についてもお聞きしたいんですが。

産経の方:慰安婦には強制性がなかったという認識です。

(このいきなりの断言調の答えに唖然としながらも私は次のように質問を重ねた。)

私:慰安婦の募集には軍も政府も関与していなかったということでいいんですか?

産経の方:はい、そういう認識です。

私:南京の大虐殺についてはどうですか?

産経の方:南京の大虐殺は虚構であったと認識しています。

私:ということはつまり東中野氏らの立場を支持しているとしているわけですか?

産経の方:はい、そうです。

私:なるほど、あなたは秦郁彦氏の本を読みましたか?

産経の方:ええ秦郁彦さんは正論のメンバーですからよく知っております。

私:いえ、知っているかどうかではなく、彼の本を読んだことがあるのかどうかと聞いているんですが。

産経の方:・・・・・

(どうやら読んでいないようだ。そこで私は次のように畳みかけた)

私:私は秦郁彦さんの「慰安婦と戦場の性」という本を読みましたが、その本の中には慰安婦の募集に軍や政府が関与していたということは当然のごとく認めております。さらに広義の強制性があったということも認めております。また強制連行というのも証拠はあがっていないけれども可能性としては認めております。

産経の方:あっ、そうですか。

私:そんなこともご存じでないんですね。ついでに秦郁彦さんは中公新書の「南京事件」という本でその当時現地にいた下級兵士たちの日誌類を紹介しながら、数多くの具体的な虐殺行為があったということを紹介しています。捕虜や便衣兵という元兵士たちに対して非常にむごたらしい方法で虐殺を行っていたことが書かれています。彼の推定では4万人ほどの虐殺があったとされています。その数だけでも大変な虐殺ではないですか?それを虚構というのはおかしいでしょう。ついでに質問をしますが、あなたはジョン・ラーベをご存知ですか?当時の南京国際安全区の代表をしておられたドイツ人の方です。その人が残した日記が1990年代に発見されて日本語にも訳されて「南京の真実」という本になっています。それを読めば、当時の日本軍の下級兵士たちが残した日誌類の記録と同じような話がいたるところにでてきます。ですから「虐殺は虚構だ」などとはいえないはずです。もう少し勉強してくださいよ。

産経の方:ジョン・ラーベ・・・聞いたことはありますが、。

こんなやりとりであった。その産経の方がどのような部署の人なのか、それは分からない。広報部庶務課とかそういう部署の人であれば秦郁彦氏の本を読んだことがないというのは仕方がないだろう。しかし、新聞社に勤めている人が重要な本も読まずに、断言調で「慰安婦の募集に強制性はなかった」とか「南京の虐殺は虚構だ」などとよくも言えたものである。その程度のレベルの人間の集まりが産経新聞社なのだろうと解釈するしかない。なぜなら、その方がたとえ本を読んではいなくとも、そのように断言できるということは自らが信頼する産経新聞の社論を汲んで述べたということに他ならないからだ。

これと同じような経験は以前当ブログにも紹介したが、昨年の「はだしのゲン」騒動のときに読売新聞に電話した時もあった。もういちどおさらいすると読売の人は「はだしのゲン」に描かれた残酷なシーンは根拠がありませんと断言していた。それで私は秦郁彦氏をご存じですかと聞くと、なんと彼は秦郁彦の名前さえ知らなかったのである。ましてやジョン・ラーベの名前も知らないのは当然であった。そのようなレベルの人が「はだしのゲンの残酷なシーンは根拠がありません」と断言するのだから、まったく恐れ入る。

もしかすると安倍総理や高市早苗氏や稲田朋美氏も同じようなレベルではあるまいかと想像する。というのは彼らの慰安婦問題に対する不用意な発言を聞いていると、はたして彼らは秦郁彦氏の本をまともに読んだことがあるのだろうかと疑問におもわざるをえないのである。ただし、秦郁彦氏は保守派を代表する慰安婦問題の研究家であり、彼の業績を等閑して保守派の論理が組み立てられるはずもなく、そもそも「河野談話を見直すべき」という彼らの主張はほぼ百パーセントまちがいなく秦郁彦氏の長年の主張に重なっているので、問題はなぜ秦郁彦氏の研究からそのような主張が導かれうるのかという問題に尽きるだろう。

この問題については、次回から秦郁彦氏の著書から引用しつつ考えていきたいと思う。

(本項未定です)

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