3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

丸坊主文化と日本人の心理構造

一昨日、NHKのニュースウォッチ9でAKBの女の子が丸坊主になって謝罪している異様なYOUTUBEの映像を流しながら、大越キャスターが異例のコメントを漏らしていた。このような話題をニュース番組で放送する価値があるのかどうか分かりませんが、おそらくこのような謝罪の仕方は日本以外では考えられないということ、そして、この話題がいま問題になっている体罰の問題にも通じるという観点もあるということ、…で放送することにしました、というようなことをおっしゃっていた。

これは単に話題の芸能情報というだけではなく、ある意味、今の日本の問題とも重なるので、今回NHKのニュースでも放送されたのは分かるような気がする。しかし、わたしが特に面白いと思ったのは、大越キャスターが「このようなことはおそらく日本以外では考えられない」という発言を敢えてしたことであった。そういえば先日も女子柔道のオリンピック強化をまかせられていた指導者が女子選手から告発されていたという問題にしても、おそらく日本以外では考えられない現象かもしれない。

AKBの彼女があのような形で謝罪をしようと決心したことは、彼女自身のかなり独特な性格もあったのかもしれないが、それよりもあのような謝罪の仕方を彼女に発想させたのは、世界中どこにもない日本文化特有の性格があるということもいえるのではないか?

そもそも謝罪のために丸坊主になるというのはかなり日本的な現象であり、海外ではあまり聞いたことがない。もちろん女性が丸坊主になるというのは日本だけではなく、出家した女性が丸坊主になるという伝統は韓国やその他の仏教国にもあるらしい。しかし、謝罪のために丸坊主になるという伝統(?)はおそらく日本だけではないだろうか?このような伝統がいつ頃からはじまったのか知らないが、かつてテレビやマスコミなどで時々報じられたのは、プロ野球の巨人や阪神が優勝を逃した時に熱狂的ファンのアナウンサーが約束通り丸坊主になって謝るという、どうでもいい儀式(?)が行われていたことがある。

丸坊主というと、われわれの学生時代は中学生から高校生までの男子は丸坊主を強制されていた。今ではそんな伝統は高校野球の球児だけに限られるのかもしれないが、昔は全国の中高生が丸坊主だったのである。ただし、自治体によっては早くから丸坊主の強制を中止した自治体もあったが、われわれの自治体では全国でも比較的遅くまで丸坊主の強制が行われていた地域であった。念のため、これは戦前の話ではなく戦後の話である。実は、われわれの高校時代は丸坊主が是か非かという議論が全国的にも行われていた過渡的時代であり、われわれの高校内でも生徒同士が丸坊主肯定派と否定派に分かれて議論を交わした覚えがある。ただし、当時の管理職の先生たちはほとんどが丸坊主肯定派であったと思う。

余談であるが、われわれの高校時代では体罰というのもあたりまえに行われていた。もちろんすべての先生が体罰を行っていたわけではなく、常習的に体罰を行う先生はほんの2,3人の先生であったが。中でも英語の先生でほとんど毎授業のように生徒を立たしてはビンタをくらわす名物先生がいたことは忘れられない。それは本当に恐怖の時間であった。元プロレスラーの猪木氏がテレビなどで芸能人に闘魂注入とかいってビンタを食らわしている映像がYOUTUBEなどにも保存されているが、その名物先生のビンタの迫力はあんなものではない。その先生の話では若い時は陸軍にいたそうで、戦争中に自ら経験した本物の体罰を生徒たちの教育に生かそうとしたらしい。当時のわれわれの学校の生徒数は1学年600人を超えていたが、おそらくその先生のビンタを経験しなかった生徒はほとんど一人もいなかったのではないかと思うほど、男も女も成績の良い悪いも関係なく、誰もが経験したのではないかと思う。

おそらく、当時は日本全国であのような先生方が何人もいたのだろう。その先生方はすべて戦時の軍国教育の中で育った方々であり、あの名物先生と同じく戦時中の自らの経験を次代にも伝えようとした体罰教師が数多くいたのではないかと思う。しかし、それらの先生方は今では引退又は死去されており、今現在の体罰教師はほとんどすべて戦後生まれであり、自らが戦中派の教師から受けた体罰教育を次代にも伝えようとしているのであろう。いや、現在の体罰教師の大半は、おそらく戦後育ちの体罰教師から受け継がれたものであり、その意味では第三あるいは第四世代なのかもしれない。いずれにしても現在問題になっている体罰教育の根っこにあるのは戦前の軍国教育にあったとみて間違いないだろう。それが果してどのように問題なのかということはあらためて考える機会があれば考えてみたい。

その前に先のAKBの女の子の丸坊主謝罪にもう一度戻って考えてみたい。そもそも丸坊主になって謝罪するという日本文化はいったいどこから来たのであろうか?おそらくそれは戦前ではないだろう。なぜなら戦前では男子の丸坊主というのは当たり前だったので、丸坊主になることで特別に反省の意志を表すとは受け取られなかったであろう。もともと仏教徒が丸坊主になるのは世俗的な諸々の欲から離れ、できるだけ煩悩をさけるという意味合いがあるらしい。したがって、本来、丸坊主になることに謝罪の意味が込められるというのは、ありえない話である。

本来の仏教徒にとって丸坊主になる(すなわち出家する)ということは、その人の一生をかけた問題である。一旦、出家したお坊さんが俗世間に再び戻るということは本来あってはならないことであり、したがって仏教徒のお坊さんが出家して丸坊主になるということは二度と俗世間には戻れないというほどの決意をした者でなければならないので、俗人がそうやすやすと丸坊主になれるはずはないのである。

ところが日本では、いつ頃からか丸坊主になることが仏教徒の出家を意味するものではなくなり、それはもっと実際的な意味合いをもつようになったようである。たとえば丸坊主になることによって散髪が簡単にすませるし、身体の清潔さを保つという効果もあった。また戦争になると髪の毛はできるだけ短い方が活動的であり、いざ取っ組み合いをするとなると髪の毛がない方が有利である。ただし、明治以前の武士はチョンマゲを結うことが武士の誇りであったので、戦争のために丸坊主になるという文化は少なくとも明治以前にはなかったはずだ。明治以降は平民の時代になり徴兵制が施行されることによって、兵士たちは丸坊主になるよう求められたのではないだろうか?また学校でも男子は丸坊主になるのがあたりまえという文化が一般的になっていったのであろう。

戦後はその影響がしばらく続いて、丸坊主文化が中学や高校まで残っていた。ところが、戦前の文化の影響が徐々に薄れてくる時代になると、丸坊主文化はやがて野球など一部のスポーツの間でのみ残ることになった。特に高校野球というスポーツは戦前以来続いている春夏の甲子園大会があり、これは戦前から続く数少ない日本文化の伝統儀式のようなものになっている。甲子園での軍隊の行進を思わせるような規律正しい入場行進やあるいはまた試合の始まりを告げるサイレンの音などは、戦前の文化をそのまま受け継いでおり、それらは日本文化の継続性を確認する意味でも大事な儀式になっているのである。つまり、これらの儀式はある意味で日本教という不思議な宗教共同体の重要な年中行事になっていることが分かる。

以上のように考えると、AKBの女の子の丸坊主の謝罪という異様な行為が「日本以外では決して考えられない」と述べたNHK大越キャスターの発言の意味合いもなんとなく分かってくる。戦後以来、日本特有の丸坊主文化はごくわずかな世界で生き残ってきたのである。それは体罰という不思議な教育方が生き残っているのと同じで、ある種の郷愁のように生き残った戦前の日本文化の名残なのであろう。戦後以来、日本文化は徐々にアメリカ文化に侵食され、戦前の伝統文化を次々に消失していった。戦後、丸坊主になることが反省や謝罪を意味するようになったのは、その本来の伝統を失ったために別の意味を担うようになった一例であろう。

一方で、体罰教育というのも、戦前の文化に対するある種の郷愁のなせるわざでもあり、そこには日本文化の継続性に対する危機感のようなものもあることは否定できない。体罰によって本当に良い教育成果が得られるのかどうかは議論が分れるところであろう。しかし、体罰肯定派はおそらくそんなことよりも、日本文化の継続性に対して危機感をもっているのではないだろうか?体罰教育の是非を問うためには、そのような視点もいれる必要があるのではないか。そしてその視点には、普通の日本人が簡単に考えているよりもはるかに多くの謎が含まれており、また興味深い日本人の心理構造があることは確かなのである。もちろん、そこには[日本人=日本教徒論]という拙論にとっても興味深い問題が蔵していると思われるのであるが。

補足:上に紹介した英語教師の名誉のために付け加えてくが、あの先生のビンタは決して話題の桜の宮高校の先生のリンチ行為のようなものではない。たしかにあの先生のビンタは恐ろしかったが、その回数は必ず1回だったので誰も傷つくことはなく、しかも、特定の人物だけがその被害者になったわけではなく、男も女も成績の良し悪しも関係なく、ほとんど全校生がその体験をさせられているので、その意味では非常に公平な処罰であると感じられ、特にうらみをもったりする生徒もほとんどいなかったのである。

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