3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

(1)原発事故の真犯人

第三章 想定外という名の空気

(1)原発事故の真犯人
マグニチュード9.1を記録した3.11の地震は、まさしく想定外の規模であったということで、あらゆる原発の関係機関とその関係者が言い逃れのような説明に終始してきた。しかもマスコミもその説明をやむなしとして受け入れ、あたかも「想定外」という言葉が免罪符のように使われてきた。このことに対してはマスコミも共同責任を負わなければならない。新聞記者やジャーナリストは地震や原発の専門家とはいえないが、しかし少なくとも彼らは日頃から専門家に接し、その言動や行動をチェックするべき使命を負った人々である。私がマスコミに対して疑問に思うのは、そもそも地震の発生メカニズムというものが必ずしも明らかでないにもかかわらず、さも分かっているかのような報道を一貫してなしてきたことである。このことはいままで誰によっても指摘されていないが、この事故のもっとも本質的な責任の所在は実はそこにあるのではないかと思っている。

今回の地震の規模がなぜ想定外であるとされたのか?それは気象庁や地震学者の従来の考え方や理論では説明も予想もできなかったからである。なぜそうだったのか?それは専門家の唱える地震の理論自体が根本的に誤っていたからである!私はもちろん地震の専門家ではないが、そのように断言してもよいと思っている。なぜなら過去の地震の発生の仕方をみると、そのように断言せざるをえないのである。16年前の阪神大震災のときもそうであった。当時、関西では震度5以上の地震は起こらないとされてきた。だから当時の耐震基準は震度5クラスの地震に耐えられればよいとされたのである。その結果、彼らのお墨付きをもらった甘い耐震基準で建てられた昭和30年代以降の神戸市内のビルはことごとく倒壊している。逆に、それ以前に建てられた古い建築物は大正時代や昭和初期に建てられた建物でさえ倒壊していないのである。したがってあの震災もまさしく人災であったということがはっきりとしている。

地震学者はあの地震のあと淡路島の南淡町を走る野島断層が動いたことが大地震の直接的な原因であったと説明している。しかしそのような説明もにわかには信じられない。それが本当だとしたら、なぜ地震学者はそれをもっと早く警告しなかったのであろうか?彼らにいわせると、断層が動くのは5000年に一度ぐらいの確率なので、それがいつ動くかは予測ができないというのだ。仮にそれが本当だとしたら、あの当時の耐震基準は何だったのかということを説明してほしい。5000年に一度の確率であるとしても、それが起こる可能性は常に存在している以上、備えを怠ってはならないはずだ。にもかかわらず、当時、関西では決して震度5以上の大きな地震は起こらないという安全神話が信じられていたのはなぜなのか?結局、彼らの説明というのは後付けの説明でしかなかったのではないか?

実際、世の中に地震学者の予測ほどあてにならないものはない。阪神大震災後、地震学者は関西圏で大きな地震が発生する確率が高くなっているとしていた。野島断層が動いた結果、周辺の断層が動く確率も高まり、関西周辺では地震の活動期に入ったとされたのである。しかしながら、その後に起こった大きな地震は彼らの予想とはまったく食い違っている。阪神大震災は1995年であるが、その後に起こったM7以上(直下型は震度6以上)の主な地震を列挙すると以下の通りである。

2003年 5月26日 宮城県沖地震(三陸南地震、東北地震) 本震はM 7.1、岩手県・宮城県で最大震度 6弱。太平洋プレート内の地震。
9月26日 2003年十勝沖地震 - 本震は M 8.0、北海道で最大震度 6弱、死者2人。同日発生の最大余震もM 7.1、最大震度 6弱。2mを超える津波が来襲し2人が飲み込まれ、後に1人が遺体で発見。

2004年 10月23日 新潟県中越地震(新潟県中越大震災) 本震は M 6.8、新潟県中越地方で最大震度 7(機械(震度計)で震度7が確認された最初の地震)、死者68人。震度6弱以上の余震を4回観測。

2005年 3月20日 福岡県西方沖地震 - 本震はM 7.0、福岡県・佐賀県で最大震度 6弱(玄海島では推定震度 7)、死者1人。
8月16日 宮城県南部地震 - M 7.2、宮城県で最大震度 6弱。

2007年 7月16日 新潟県中越沖地震 - M 6.8、新潟県・長野県で最大震度 6強。柏崎市を中心に家屋倒壊や土砂崩れなどの被害。死者15人。

2008年 5月8日 茨城県沖で地震 - M 7.0、茨城県水戸市・栃木県茂木町で最大震度 5弱。午前1時45分に本震発生。同日には午前1時2分頃にM 6.4、その14分後にもM 6.3の地震発生。
6月14日 岩手・宮城内陸地震 - M 7.2、岩手県・宮城県で最大震度 6強死者・行方不明者23人。

9月11日 十勝沖で地震 - M 7.1。最大震度は5弱(北海道新冠町、新ひだか町、浦幌町、大樹町)。

2011年 3月11日14時46分 東日本大震災 - 日本の三陸沖の深さ約24kmで発生したマグニチュード 9.0の日本国内観測史上最大の海溝型地震。


以上をみると、阪神大震災後に地震学者が予想した関西周辺の地震ではなく、むしろ地理的に離れた地域の地震が多いことがわかる。もちろんいわゆる海溝型地震と断層型地震は区別しなければならないが、断層型地震だけに限ってみると2004年と2006年の新潟中越地震と2008年の岩手・宮城内陸地震、そして今回の東日本大震災とほぼ同時期(3月12日)に発生した長野県北部地震(震度6強)等で、いずれも阪神大震災の野島断層の動きとはまったく無関係に起こっているのである。中でも2008年の岩手宮城内陸地震というのは、そもそも断層が確認されてもおらず[内陸地震=断層が動く]という定説の固定観念自体があやしいものであるといわねばならない。

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