3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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(1)原発事故と放射能の脅威

(1)原発事故と放射能の脅威
3.11以後、日本の政治の異様な状況を暗く陰鬱な気分でみさせられながら、もし故山本七平が存命なら、この状況をいかに評したであろうかと思い続けてきた。故山本七平の業績の大きさについてはいまさらいうまでもないだろう。戦後の著述家の中で天才という称号を躊躇なく与えうる著述家を一人あげるとすれば、それは故山本七平以外には思いつかない。それほど彼の業績は群を抜いているだけではなく、何よりもその仕事の独創性という点で並ぶ者は他にいない。その彼の独創的な仕事の中でも、とりわけユニークなものに「空気の研究」という著作がある。私が3.11後の異様な状況の中で、故山本七平ならどう評するだろうかと思い続けたのは、その「空気の研究」で明らかにした彼の洞察があまりにも見事に3.11後の日本人の行動にあてはまるからだ。なんだか気持ち悪いと思うぐらい、それは日本人の行動パターンを説明しくれるのである。

たとえば放射能(放射線)の脅威が、今、何よりも重大な問題としてわれわれの関心に否応なしにのしかかっている。それは眼にはみえないが、確かに実在する具体的な脅威である。3月13日の建屋の水素爆発後、福島原発の半径10k圏内が立ち入り禁止区域となり、その後、まるで天気予報のように各地の放射線量を知らせる放射線情報が、連日新聞やテレビで報じられるようになった。枝野官房長官が日に何度も記者会見の中で何マイクロ・シーベルトの放射線量が観測されているというデータを発表しながら、「ただちに健康に影響を与える数値ではない」と念を押す。「ミリ・シーベルト」とか「マイクロ・シーベルト」といわれてもそれまでは誰も聞いたことがないような耳慣れない単位なので、本当にそのとおり、すなわち「健康に影響をおよぼさない」のか、それともそれは「ただちに影響を及ぼさなくとも、長い時間が経つと影響がでてくる」という意味合いなのか、誰も判然と分からないので逆に不安をつのらせる。

原発事故当初、どのテレビ局にも必ず原発や放射線の専門家が司会者の隣に座っていて、枝野長官の発表が意味することを解説していた。放射線の専門家によると、「ただちに健康に影響を与えない」という意味は長い期間においてみれば影響を与えるという時間的な意味合いではなく、影響を与えるか否かが「ただちに」は分らない、すなわちその程度の放 射線量では確率的に健康に影響がでるかどうか「現状でははっきりとはいえない」という意味なのだそうである。実際、チェルノブイリ事故などの統計調査によると、年間100mmシーベルト以内の被ばく量では具体的に健康に影響があるのかどうか判っていないというのが専門家による国際的な共通認識とされているのである。

ところが、皮肉にも専門家が安心ですといえばいうほど、逆にさまざまな不安をあおる結果となっていった。彼らは要するに御用学者であり、原発事故の被害の深刻さを隠すために、故意に事故の被害を過小に見積もっているのではないかと受け取られたのである。おそらくそのような抗議電話が殺到したせいなのであろうか、原発事故発生後見慣れていた安心派の専門家がいつの間にかテレビから姿を消していった。主に日テレの報道番組で安心論を振りまいていた東大病院放射線科准教授・中川恵一氏は養老孟司氏との対談で次のように語っている。

中川 私、地震が起きてからツイッターを始めたんですが、フォロワーが最大で24万人になりました。放射線医師の立場から“放射能に対する過剰な反応は損になる場合もある”と述べた内容なんですが、やたらと「危険」を煽らなかったせいなのでしょうか、「御用学者」というレッテルを貼られてしまい、病院にまで電話がかかってくる始末です(笑)。・・・・確かに確率でいえば一定量の被ばくをするとガンになる確率が上がるんですね。その元になるデータは広島・長崎の原発投下、それからチェルノブイリのような過去の原発事故、それから原発の作業者などから得られたものなんです。そのなかで、一番重要なのは、広島・長崎のデータです。原爆被ばくでは、爆心地からの距離で被ばく量が決まるので、どこにいたか聞くだけで、発がんとの関係が分かる。それによると、100ミリシーベルトを超えると発がん率が上昇しました。100ミリシーベルトで0.5%、200ミリシーベルトになると1%と被爆量に応じて、直線的にガン死亡率が増えてくる。その点、チェルノブイリでもそうですが、原発事故の場合では住民の被ばく量の把握が困難です。私も福島県の飯館村に2回調査に行ってきたんです。

養老 そこではどうでしたか。

中川 1メートル移動すると放射線の量が半分になったり急に倍になる。放射性物質が放出された3月半ば当時の天候や地形などによって変わってきちゃうんです。ですから、個人の被ばく量ってなかなか分からない。でも、現実には福島県の住民が年間100ミリシーベルト以上を被ばくすることはありえないと思います。

養老 それでも皆、放射線とガンの関連性を求めたがる。

中川 そうです。分からないから、100ミリ・シーベルト以下でも、被ばく線量が増えると直線的に発がんが増えると想定するのが今の考え。「しきい値なし直線モデル」と言いますが、これはもう哲学領域。つまり安全のために危ないことにしようというわけです。

補足であるが、中川教授によれば、発がん性ということに限れば、たとえばタバコの害は年間2000ミリシーベルトの放射線量をあびる危険に相当し、また飲酒の害も年間1000ミリシーベルトの放射線量をあびる危険に相当する。その他にも野菜不足や肉食等によっても発がんの危険は飛躍的に増大するので、それらの危険に比べると年間100ミリシーベルト以下の放射線量はほとんど危険がないというに等しいということになる。しかも、(中川教授によれば)福島県の住民が年間100ミリシーベルト以上被ばくすることは(現状では)考えられないとしているのである。

枝野長官が「ただちに健康に影響はない」と語り続けたのは、このような理由に拠っている。つまり「ただちに」という意味は、「発がんの危険が100%ないということではないが、だからといって心配するほどの放射線量ではない」ということである。補足をすれば、「そんな心配をするよりもわれわれの生活の中には発がんの危険になるものが他にもいっぱいあるんですよ」ということである。ただし、枝野長官がそんな下世話な話を公の場でするわけにはいかない。だから、「ただちに健康に影響のある値ではない」という、いかにもわけありそうな表現にならざるをえなかったのだろう。実際、中川教授のような専門家が「安心してください」といえばいうほど、何かわけがあるにちがいないと一般の国民はいぶかるのも当然といえば当然であった。

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