3.11後・空気の正体

昭和の預言者(故山本七平氏)の視点をかりながら3.11後の日本社会のおかしな空気の正体を解明したいと考えております。特に菅元首相に対する魔女裁判のごとき我々の異常な憎悪を詳しく検証するつもりです。

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朝日新聞社の謝罪問題

この半年ほどの間、暇を見ては秦郁彦著「慰安婦と戦場の性」(新潮選書)を読んでいる。残念ながら私には斜め読みの才能がないので、2段組みで400ページ以上もある本書を読破するのに五か月以上もかかってしまった。これに並行して吉見義明著「従軍慰安婦」(岩波新書)ほか、類書を4、5冊読んだが、他の本に比べて秦氏の本は分量が多いだけではなく、論点がよくわからないので苦労する。一度読んだだけでは、何がどうなのかさっぱりわからなくなってしまったので、今再読しているところである。ところがそうこうしているうちに、この論争が新たな段階に発展しているようなので、いまだこの論争の本質がつかめない中ではあるが、このあたりで自分の考え方を少し披歴してみたいと思う。
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先日、朝日新聞社が吉田清治氏の慰安婦強制連行に関する一連の証言が虚偽であったとする最終的な検証結果なるものを発表した。ところが間違いを認めながら謝罪がないということで逆に読売新聞社や産経新聞社から一斉に袋叩きにあっている。この問題では朝日新聞社の論調に近い毎日新聞社まで朝日新聞社に対して謝罪が必要ではないかという社論を発表している。さらに朝日新聞に毎週「池上彰の新聞ななめ読み」というコーナーで記事を書いていた池上彰氏が「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」などと当の朝日新聞を批判する記事を書いたところ、これを掲載できないとしてスッタモンダの騒ぎとなり最終的には朝日新聞社側が自らの非を認め、池上氏の批判記事を掲載することで落着した。

さらに一昨日(9月11日)は福島原発の撤退問題で吉田調書の読み間違いがあったということを朝日新聞社が認め、これを社長自身の会見で公式に謝罪するという前代未聞の場が設けられた。そしてその場で社長は自ら責任をとって辞任することを示唆したが、ただし社長が今回公式に謝罪したのは吉田調書の読み間違いがあったという一件についてであり、同じ「吉田」姓でも慰安婦問題の吉田証言を虚偽であると認めた件についての謝罪はほとんどなく、ただこの問題についての周囲の批判については「謙虚」に受け止めているという姿勢を強調したにすぎない。

吉田調書の問題については、またあらためて書くつもりであるが、この問題で社長がでてきてわざわざ謝罪会見をしなければならぬという決断に導いた朝日新聞社の判断にはきわめて違和感を覚えた、さらにこの会見には慰安婦問題の「摩訶不思議な論争」が影を落としているために、なんとも奇妙な絵として私には思われた。

池上彰氏が「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」と朝日新聞を批判しているのはもちろん筋が通った指摘であり、おかしくはない。しかし、読売新聞や産経新聞あるいは安倍総理自身も会見でそう述べたように「吉田証言を国際的に拡散したことによって日本の名誉が著しく傷つけられた」という観点から、朝日新聞に謝罪をせよと求める<きわめてナショナリズムに偏した>「空気」に同調して池上氏がそう指摘しているのであるとすれば、それはおかしいと感じた。ただ、池上氏の批判文を素直に読むとそういうことではなく、要するに吉田清治氏の証言に関する検証が遅れたということに対して謝罪をすべきであるということを指摘しているだけであり、これはその通りである。

吉田証言を国際的に拡散させた責任云々というが、しかし、その波紋が世界にどれだけ広がったのかということは明らかではない。吉田証言は90年代の初めからほとんどの研究者の間で疑問視されており、左派の吉見義明教授にも信用されず彼の著書の中にも取り上げられることはなかった。93年に河野談話が作成された過程でも、その作成に関わった人々の間でも吉田証言は信用されず、したがって「強制連行」という言葉は河野談話の中でも使われていない。朝日新聞社が吉田証言を紙面で取り上げたのは1982年9月のことである。その後、91年から92年にかけて朝日だけではなく、北海道新聞や東京新聞、神戸新聞などの地方紙、そして毎日、読売、産経新聞などでも取り上げられた。雑誌でも92年に週刊新潮などに何度か掲載されている。しかし秦郁彦氏が1992年4月に産経新聞正論欄に自らの済州島での検証結果を発表し捏造の疑いが浮上したために、この後は吉田証言に関する報道はほとんど姿を消し、93年の河野談話作成の過程でも証拠として採用されることはなかった。

朝日新聞社もこれ以降取り上げていなかったが、97年3月31日の特集記事で次のように書いてこの問題を総括している。

「朝日新聞などいくつかのメディアに登場したが、間もなく、この証言を疑問視する声があがった。済州島の人たちからも、氏の著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない。吉田氏は(自分の体験をそのまま書いた)と話すが、(反論するつもりはない)として関係者の氏名などデータの提供を拒んでいる」

今回の朝日の取り消し記事は、このときの総括を再度検証し直した結果を公表したものであって、誤解がないように付け加えると、この間、朝日新聞社が吉田証言を信用していたということではないということである。ただ朝日新聞社に落ち度があったとすれば、80年代から92年頃まで吉田証言を信用して十数回にもわたって取り上げたということであり、他社に比べて朝日新聞がこの報道に対して特に積極的であったということである。したがってこの吉田証言を国際的に拡散させた責任は朝日新聞にあるのではないかといわれても明確な反論はできないだろう。

ただし、吉田証言が国際的に拡散したといっても何かのデータがあるわけではない。吉田証言が国際的に与えた影響の具体例は1996年に出された国連人権委員会のクマラスワミ報告に使用されたことがあげられるが、その後はクマラスワミ氏自身も秦氏や吉見氏らの助言によって吉田証言を根拠に使用することはなくなっている。そもそも米国やヨーロッパではこの問題はそれほど関心がもたれていないので、それらの国々の間で吉田証言が流布しているということも考えられない。唯一、考えられるのは韓国民の間で流言飛語のごとく、そのような噂が飛び交っているのではないかという憶測もあるが、これも確かではない。なぜなら韓国民の間では50人ほど名乗り出た元慰安婦の証言があるが、その彼女たちの証言の中には吉田証言に符合するような強制連行の例は存在しないからである。吉田証言を否定したのは他の誰でもなく韓国の済州島に住む人々だったということも忘れてはならないだろう。

ただしアメリカのいくつかの市で作られた慰安婦像の説明に強制連行と受け取れるような言葉(kidonapped)が使用されているではないかと指摘する人もいる。しかし、これに文句をいいたいのなら像を設置した責任者に対して文句をいえばいいだけの話で、今から20年も30年も前に吉田証言を拡散した朝日新聞社に対して慰安婦像設置の責任を問うのも子供じみている。それに暴力的な強制連行の証言は吉田証言だけではなくオランダ人やフィリピン人の元慰安婦の証言もあり、それを傍証した裁判記録もある(後日、当ブログで紹介するつもり)。また当時の状況証拠からいって多くの中国人女性が慰安婦として働かされるために強制連行されたとも考えられており、また業者が介在した朝鮮人の募集においても強制連行まがいのことが行われた可能性は残っている(これについても後日紹介する)ので、それらの慰安婦像の誇張した記述は必ずしも事実でないとはいえない。

たとえばアメリカの黒人奴隷の話でも、もっとも残酷な例だけが誇張されて世界に伝わっているが、本当は多くの黒人奴隷はアメリカに連れてこられて彼ら自身の生活が豊かになったというプラスの話は決して紹介されることはない。奴隷は人間として扱われていなかったというわれわれの思い込みは実際とはかけ離れているであろう。彼らの多くはむしろ人間らしく扱われ時には家族の一員として愛されもしていたのである。しかしアメリカ人はだからといって奴隷制にもいいところがあったなどと弁解はしていない。

「慰安婦comfort women」を「性奴隷sex slaves」と海外からいわれることに対して吉田証言の影響があるのではないかという人もいるが、そもそも日本人が「奴隷」という言葉に対して抱いているイメージが欧米の概念とは異なっているので誤解もあるだろう。愚かなことに従軍慰安婦の元になっている日本独特の公娼制度こそ「奴隷」という言葉にふさわしい実態があったということをほとんどの日本人は知らない。後に紹介するが、実は戦前の日本人の間でも公娼制度が奴隷制度と同じようなものであるということが自覚され、公娼制度を廃止すべきだと唱える人々が多くいたのである。ましてや従軍慰安婦という制度は侵略によって違法に占領した土地で公娼制度を持ち込もうとしたものであり、しかもそこで働く女性の多くは日本人の娼婦ではなく、被征服民(または植民地)の女性、すなわち朝鮮人や台湾人、中国人、フィリピン人、オランダ人などの女性がかき集められたのである。しかも、彼女たちは日本人の職業娼婦と違って、ほとんどが経験のない素人の女性であった。このような実態は国連や海外の人々からみて、どのように映るのであろうか?

この誤報で日本の名誉は著しく傷ついたと多くの日本人はいうが、私はむしろ逆ではないかと思う。日本の名誉が傷ついているとすれば、それはむしろ日本政府がいつまでも自らの罪を認めようとしないことによって世界中の評価を貶めているのではないであろうか。このところ世界中の新聞で批判されたりしているのは、そういうことではないか?

私が今回の一連の騒動でもうひとつ違和感を覚えるのは、一部の日本人がいまだにあの戦争を侵略戦争ではなかったとか南京の虐殺がなかったとかいう虚偽を広めていることである。そして憂うべきは、そのような虚偽宣伝に日夜加担している大手の新聞社や出版社が存在することである。彼らの宣伝が世界中からどのように評価されるのかということに対して、彼らはおそらくまったく関心もないのであろう。最近、新たに国連人権委員会で勧告された日本のヘイトスピーチに対する取り組みの不十分さの指摘には、われわれが日々週刊誌などの広告で目にする民族差別的表現などもヘイトスピーチに含まれる可能性があると解釈した方がよいであろう。

数日前、高市議員と稲田議員が日本のネオナチのグループと並んで写真を撮っている姿が世界中で報道されているのも、なぜなのか、一度頭を冷やして考えた方がよいのではないか。欧米では「安倍総理=ナショナリスト」という評価が定着しつつある。これは日本の評判にとって好ましいことであろうか?ほんの2年前まではイギリスの世論調査で日本は世界で好感がもたれている国の2位であったが、今では5位以下に落ちているという。これは安倍総理がいうように吉田証言が拡散されたためなのか?(普通に考えれば、安倍さん、あなた自身の評判の悪さが日本全体の評価を落としているということがわかるはずです。)

私は今回の吉田証言に関する取り消し記事は果たしてその必要があったのかどうか疑問を感じるものである。なぜなら、そうすることによって、この問題についての国民の正しい理解を得ることはより難しくなり、ただ右翼ナショナリストたちに非難の口実を与え、彼らを増長させたただけではないかと思うからだ。(ただし、冷静に考える人がこれを機会に増えれば、朝日の決断はむしろ良き結果をもたらすことも期待されるが・・・)。いずれにせよこれは日本人の責任が問われている問題であり国連の人権委員会をはじめ世界の有識者はそのようにしかみていないだろう。吉田証言は虚偽でしたということをたとえ彼らが認めたとしても、そのことによって日本の国際的評価が上昇するなどとはゆめ考えない方がよいと思う。むしろ逆効果でしかないのではないか。

この騒動の中で朝日、読売、毎日、産経の各新聞社へ電話をしてみた。この中でもっとも驚いたのは産経新聞である。産経新聞社で電話にでられた人に私は次のような質問をしてみた。

私;産経新聞社としては慰安婦問題についてどのように考えているのか、それとついでに南京の大虐殺についてもお聞きしたいんですが。

産経の方:慰安婦には強制性がなかったという認識です。

(このいきなりの断言調の答えに唖然としながらも私は次のように質問を重ねた。)

私:慰安婦の募集には軍も政府も関与していなかったということでいいんですか?

産経の方:はい、そういう認識です。

私:南京の大虐殺についてはどうですか?

産経の方:南京の大虐殺は虚構であったと認識しています。

私:ということはつまり東中野氏らの立場を支持しているとしているわけですか?

産経の方:はい、そうです。

私:なるほど、あなたは秦郁彦氏の本を読みましたか?

産経の方:ええ秦郁彦さんは正論のメンバーですからよく知っております。

私:いえ、知っているかどうかではなく、彼の本を読んだことがあるのかどうかと聞いているんですが。

産経の方:・・・・・

(どうやら読んでいないようだ。そこで私は次のように畳みかけた)

私:私は秦郁彦さんの「慰安婦と戦場の性」という本を読みましたが、その本の中には慰安婦の募集に軍や政府が関与していたということは当然のごとく認めております。さらに広義の強制性があったということも認めております。また強制連行というのも証拠はあがっていないけれども可能性としては認めております。

産経の方:あっ、そうですか。

私:そんなこともご存じでないんですね。ついでに秦郁彦さんは中公新書の「南京事件」という本でその当時現地にいた下級兵士たちの日誌類を紹介しながら、数多くの具体的な虐殺行為があったということを紹介しています。捕虜や便衣兵という元兵士たちに対して非常にむごたらしい方法で虐殺を行っていたことが書かれています。彼の推定では4万人ほどの虐殺があったとされています。その数だけでも大変な虐殺ではないですか?それを虚構というのはおかしいでしょう。ついでに質問をしますが、あなたはジョン・ラーベをご存知ですか?当時の南京国際安全区の代表をしておられたドイツ人の方です。その人が残した日記が1990年代に発見されて日本語にも訳されて「南京の真実」という本になっています。それを読めば、当時の日本軍の下級兵士たちが残した日誌類の記録と同じような話がいたるところにでてきます。ですから「虐殺は虚構だ」などとはいえないはずです。もう少し勉強してくださいよ。

産経の方:ジョン・ラーベ・・・聞いたことはありますが、。

こんなやりとりであった。その産経の方がどのような部署の人なのか、それは分からない。広報部庶務課とかそういう部署の人であれば秦郁彦氏の本を読んだことがないというのは仕方がないだろう。しかし、新聞社に勤めている人が重要な本も読まずに、断言調で「慰安婦の募集に強制性はなかった」とか「南京の虐殺は虚構だ」などとよくも言えたものである。その程度のレベルの人間の集まりが産経新聞社なのだろうと解釈するしかない。なぜなら、その方がたとえ本を読んではいなくとも、そのように断言できるということは自らが信頼する産経新聞の社論を汲んで述べたということに他ならないからだ。

これと同じような経験は以前当ブログにも紹介したが、昨年の「はだしのゲン」騒動のときに読売新聞に電話した時もあった。もういちどおさらいすると読売の人は「はだしのゲン」に描かれた残酷なシーンは根拠がありませんと断言していた。それで私は秦郁彦氏をご存じですかと聞くと、なんと彼は秦郁彦の名前さえ知らなかったのである。ましてやジョン・ラーベの名前も知らないのは当然であった。そのようなレベルの人が「はだしのゲンの残酷なシーンは根拠がありません」と断言するのだから、まったく恐れ入る。

もしかすると安倍総理や高市早苗氏や稲田朋美氏も同じようなレベルではあるまいかと想像する。というのは彼らの慰安婦問題に対する不用意な発言を聞いていると、はたして彼らは秦郁彦氏の本をまともに読んだことがあるのだろうかと疑問におもわざるをえないのである。ただし、秦郁彦氏は保守派を代表する慰安婦問題の研究家であり、彼の業績を等閑して保守派の論理が組み立てられるはずもなく、そもそも「河野談話を見直すべき」という彼らの主張はほぼ百パーセントまちがいなく秦郁彦氏の長年の主張に重なっているので、問題はなぜ秦郁彦氏の研究からそのような主張が導かれうるのかという問題に尽きるだろう。

この問題については、次回から秦郁彦氏の著書から引用しつつ考えていきたいと思う。

(本項未定です)

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山本七平の日本人「ひとりよがり」論

私は若いころに全共闘の学生運動にほんの少し関わったものだが、その当時、戦前派の大人から「若者がそんな運動に熱中するのは赤線が廃止されたからだよ」と、よくいわれたものである。「赤線」とはすなわち戦後になって廃止された日本の公娼制度のことである。戦後に廃止するときは相当の反対があったらしいが、さすがに国際的には評判が悪く、多くの人権条約にも抵触するおそれがあったので廃止せざるをえなくなったわけだが、廃止されてからもそれを懐かしむ大人が当時多くいたということをみると、よほどよい思いをしたのかもしれない。もちろん、その人々(すなわち戦前派)が吸っていた世の中の空気というのは私にも全然わからない。

「従軍慰安婦という制度は日本に古くからあった伝統的な公娼制度の延長であり、決して強制連行を伴う悪辣、非道なものではなかった」というような言い訳を、当時の社会の空気や公娼制度の実態を肌で知らない現代の大人が国連の人権委員会やアメリカ議会などに訴え、そしてそのような意見広告をアメリカの新聞にだしたりしている。驚くべきことに、その意見広告の代表者名にはなんと安倍総理の名前もあったという。※意見広告は2007年と2012年いずれも米ワシントンポスト紙に掲載されたという。

先般の朝日新聞社の吉田証言取り消し記事にたいして、安倍総理は朝日新聞に対し「世界に向かって取り消していくことが求められている」と指摘したそうだが、そのようなことは自らこれまでも行ってきたことで、そうでありながらなおその成果があがっていない(つまり誤解が正せない)ので、この際、朝日新聞社にもこの種の意見広告に賛同する活動に参加してほしいということなのであろうか?(そんなことをすれば朝日は世界のマスコミの笑い物になると思いますが)

つい先日は、大阪維新の会幹事長でもある松井大阪府知事がわざわざアメリカ領事館に出向いて、同じような説明をしてきたそうであるが、そのような説明で慰安婦問題に対する誤解が解けるなどと思っているのだとしたら、それこそ大いなる誤解ではないかと思う。

維新の会と言えば、昨年5月にも橋下氏の慰安婦発言が国際的にも大変なニュースになり、散々、世界中から批判されたはずなのだが、最近では維新の会だけではなく、安倍政権の重要閣僚を含む多くの自民党議員、そして(NHK会長を含む)右派ジャーナリズムの世界では「河野談話を見直すべきだ」という話が再び活気を帯びてきている。

中でも、なんとも奇怪なのは今回の安倍総理の改造内閣の顔ぶれである。安倍政権は発足当初こそ「河野談話の見直し」を口にしたが、その後アメリカの圧力を受けて一旦ひっこめたはずなのに、今回の改造内閣の顔触れをみると(朝日の吉田証言取り消しにより)状況が変わったなどとして、再度「河野談話を見直すべきだ」と主張する強硬派の高市早苗氏や稲田朋美氏らを重要閣僚に取り込んでいる。一体、この改造内閣はどうするつもりなのであろうか?

(一言皮肉を言わせてもらうと、あなた方は朝日新聞社という良識のある大新聞社が吉田証言の嘘を認めたのだから、これで権威のある方からお墨付きをもらったようなもんだとでも、考えたのでしょうか?また、この朝日のお墨付きがなければ、談話の見直しはむずかしいとでも考えていたのでしょうか?)

さらに奇妙なのはマスコミ(朝日や毎日も含め)がこの「矛盾」について一切取り上げず、その代わりに過去最多の数に並ぶ女性大臣を5人起用したという清新さ(?)を評価するかのような欺瞞的解説でお茶を濁すという情けなさである。これは祝いの日には互いに悪口は止めましょうという日本的風土のなせるわざなのどうかしらないが、マスコミがいうべきことを言わず、伝えるべきことを伝えず、時の政権におべんちゃらばかりいうようになってしまっては日本もおしまいであろう。

そうこうするうちに海外のマスコミが今回の組閣に大蹴りを入れてきたので、びっくり仰天したのは安倍政権ばかりでなく、この問題で知らんぷりをしていた日本のマスコミもそうではなかろうか。高市早苗氏と稲田朋美氏が日本のナチグループと並んで写真を撮っていたというニュースは、欧米では即刻辞任と言われるほどの報道価値があるとされているらしいが、日本人にはいまいちピンとこない。政治家ならいろんな知らない人と並んで写真を撮ることもあるので、たいしたことないじゃないかとわれわれは思うが、問題はなぜこの時期を選んで彼らがこのニュースを報道したのかということであろう。

ちなみに最近では朝日以上に反安倍姿勢を鮮明にしている東京新聞には次のように辛辣な記事が書かれている(最近では全国紙があまりにだらしないので地方紙が頑張っているようだ)。
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高市早苗総務相や自民党の稲田朋美政調会長が、ナチス・ドイツを信奉する極右団体男性とツーショット写真を撮影していた。海外の主要メディアは「安倍政権のネオナチ関与疑惑」などと盛んに報じている。議員側は「人物像は知らなかった」と釈明するものの、もともと右翼的な言動で知られる政治家だ。日本の政界やメディアの反応は鈍いが、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の惨禍を味わった欧州の基準では、即刻辞任モノの一大スキャンダルである。 (東京新聞9・12付)

実はその写真が撮られたのはもう三年も前の話なのであるが、わざわざこの組閣の時を選んで世界が伝えたのは何らかの意図があるはずだ。この二人の自民党女性議員は国内ばかりではなく、世界でも靖国参拝などに超積極的な右翼議員としてマークされていたのであろう。しかも、彼女らは慰安婦問題でも「河野談話を見直すべきだ」と、まるで安倍総理の本心を代弁をするかのように言い続けている強硬派である。ついでながら高市氏と稲田氏はお二人とも大東亜戦争は自衛戦争であったという靖国史観論者であり、おそらくそのような情報も世界では広く知られているのだろう。これはナチスの戦争が自衛戦争であったといっているのと(彼らにとっては)同じことなのだ。欧米の常識ではこのような侵略戦争を肯定するナショナリストが政権の重要閣僚につくとは考えられないのであろう。

今回、欧米のマスコミが一斉にこのニュースを報じたのは、只単にナチスを連想したからという単純なものではなく、むしろこのような人物を重要閣僚になることを黙って許している日本のマスコミの批判力のなさに対する苛立ちもあったのではないかと想像する。

現在のところ、アメリカ政府が今回の組閣に対して口をはさむことはしていないが、しかし、もし安倍総理が彼女たちの主張通りに河野談話の見直しを政策日程に掲げ始めたら、おそらくアメリカもだまってはいまい。昨年暮れに安倍総理が靖国参拝を強行したとき、アメリカは「失望した」というメッセージを伝え、そして日韓の会談を実現させるために、安倍総理に村山談話と河野談話を継承することを確約させた。にもかかわらず、この朝日の一件で、再び河野談話を見直すとなれば、もはやアメリカは安倍総理を見放すしかないであろう。

このようにあくまでも「河野談話の見直し」を画策する安倍政権及び右派の人々の動きをみていると、なんともしれない妙な違和感を感じる。それは戦前の体制が復活するとか、そういった具体的な不安ではないにしても、もっと奥深いところで戦前の日本人の考え方に通底しているような感じである。この違和感の正体を考えていたところ、やはり思い当たったのは故山本七平氏の指摘である。

故山本七平氏が昭和四十九年(1974年)に行われた講演で述べられた話が後に文庫本化された「比較文化論の試み」(講談社学術文庫)という本に面白い一節がある。少し長くなるが以下引用しておこう。

・・・と申しますのは、その考え方をする人が、自分の考え方がどこからきたのかということにまったく無関心、いわば「自分の考え方を歴史的に把握しなおす」ということをしないことです。そこで「なぜ、そういう考え方をするのですか」と問いますと、「そうなのだから、そう考えるだけだ」という返事しか帰ってこないのです。としますと、その人にとってこの考え方は、世界のどこででも、またいつの時代にも、絶対に反対される気遣いのない「普遍的な真理」になってしまいます。
こうなりますと、それをそういう文化的伝統のない社会の人が見ますと、「ひとりよがりで同情心がない」ことになります。またそれによってどんな摩擦を生じても、「自分の考えかた」を「ある時代のある文化圏のある考え方」と把握しなおしていませんから、「反省」は不可能になります。同時にこれは、相手との対比のうえで、自分の考え方を説明できませんから、普遍性をもちえません。それでいて、否むしろ、それなるがゆえに、その人は自分の考え方は、全地球的に通ずる普遍性をもっていると信じてしまうのです。
そうなりますと、あらゆる現象を、自分の判断だけでみていく、その判断だけで相手に対するということになり、ときには大変に困った状態も現出するわけです。したがって、ひとりよがりで同情心がないということになりますが、これが非常に面白いことに、一見、同情心に見えるものもあるわけです。その一例として、私の恩師ですが、塚本虎二先生が「日本人の親切」っていう、面白い話をしておられるんです。

先生は、日本の聖書学、新約ギリシャ語学、ヘブライ語学などの基礎を建てられた方で、日中の古典に通暁された碩学ですが、一面非常にユーモラスに富む、面白い方でした。この先生が若いころ、下宿していた家のご老人は非常に親切な方で、ヒヨコを飼っていたのですが、冬、あまりに寒かろうといってお湯を飲ませたところがみんな死んでしまったという。先生は「君、笑ってはいけない。これが日本人の親切だ」といっておられますが、これがですね、まさに日本的な親切なんです。ひとりよがりなんですね。
(中略)
学問的にいいますと、こういうのは感情移入と言うんです。自分の感情を相手に移入してしまう。そこにいるのは相手じゃなくて自分なんです。自分は水を飲むのは冷たくていやだ、するとヒヨコもいやだろうと勝手に感情移入をする。

同じことは実は、年中行われているんです。特にこれが非常に大きな問題になってくるのは外国に対する評論とか新聞記事です。これをみてますと、もう完全に感情移入なんです。自分の感情を相手に移入してしまってそれを充足する、それを相手への同情ないしは共感とみなす。そしてこの二つが、混同してしまった状態は、あの韓国への評論、あるいはベトナム戦争への評論などに必ず出てくる。
私自身覚えがあることですが、フィリッピン人がいうには、日本人というのはアジアの解放とかなんとかいってやってきたが、誰一人、「あなたたちのために私たちが何かできることがありますか」と聞いた人間はいないというんです。他人のためになにかしてやってるつもりなんですけど、そのような聞き方をしない。ある韓国人にこの前会ったとき同じようなことをいわれたんです。韓国の民主主義を心配するっていう。しかし、そのために何をしたらいいですかということを日本人は絶対に聞かない。これは同情じゃないんです。いわばひとりよがりです。(「比較文化論の試み」講談社学術文庫P19-22)


この山本七平氏の話は、実際、過去現在を通じてほとんどどの時代にもあてはまりそうなので、私は日本人が少しも変わっていないのだなとおもわざるをえないのである。日本が韓国を併合する際にも、このヒヨコの話と同じで、要するに自分たちと同じようになれば韓国の人も幸せになるんじゃないかと善意の押し売りをしていたという側面もあるであろうし、大東亜解放戦争によって東南アジアの民衆を救いたいという壮大な妄想を押し広げようとしたのも同じひとりよがりだったのではないであろうか?

安倍氏や松井大阪府知事らが従軍慰安婦の問題で「公娼性の延長であり強制性はなかった」と熱心に説明したところで、そのような話で文化も伝統も宗教も違う相手が納得するだろうというのは浅はかな「ひとりよがり」でしかないのではないか。そもそも彼らは知らないのであろうか?戦前の日本の公娼制度というもの自体が世界の中で異様な制度であったということを。

これは秦郁彦氏のような立派な研究者にしても、そのあたりの問題意識が乏しいのではないかと感じるのである。いずれ詳しく秦氏の本の内容を紹介するつもりであるが、彼があれほど詳細な事実を集め、さまざまな慰安施設における軍の関与を明らかにし、また人身売買やだまし甘言等によって多くの韓国人や中国人、そしてオランダ人を含む多くの現地の女性をそのような施設で日本軍のための性サービスを強要していたという事実を数多く指摘しておきながら、なおかつそのような行為が必ずしも日本軍ばかりではなかったという説明によって相対化し、その罪を薄めようとする意図のようなものを感じるのである。秦氏によると慰安婦問題を強制連行があったかなかったかという問題に矮小化しなければ問題が拡散し、賠償などの責任問題にきりがなくなるというのであるが、これは彼自身が由来する官僚的発想(彼は元大蔵官僚であった)であり、人間の良心から出ずるものではないだろう。

このような説明で抜け落ちているのは、そもそも公娼制度を含む日本人の性に対する独特な考え方が欧米人や異文化の人々からはなかなか理解されないものであるという認識である。

日本人は古代から性の問題をおおらかに扱ってきたし、これは古事記や日本書紀の記述をみてもわかる。しかし聖書を信じてきた人々(これはキリスト教やユダヤ教だけではなくイスラム教もそうである)は、性の問題を人間の罪の問題として扱い、これを忌避しながら生きてきた。その教えの基本はモーセがシナイ山で神から直接に授かったとされる十戒である。十戒とは人類の歴史上最も古い法典の一つであり、この十戒が基本になってユダヤ教の律法というものができあがり、そしてその教えはキリスト教にも受け継がれ、またイスラム教にも影響を与えるようになった。ちなみに、この「十戒」とは以下の十の戒めからなっている。
1. わたしのほかに神があってはならない。
2. tあなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
3. 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
4. あなたの父母を敬え。
5. 殺してはならない。
6. 姦淫してはならない。
7. 盗んではならない。
8. 隣人に関して偽証してはならない。
9. 隣人の妻を欲してはならない。
10. 隣人の財産を欲してはならない wikipedeaより

この6番目に記された「姦淫してはならない」という戒めは、「殺人してはならない」という戒めの次に記されていることでも分かる通り、非常に重い戒めであるとされており、このためにユダヤ教では姦淫をした女は「石でもって打ち殺してもよろしい」と律法に記されている。したがってユダヤ教では売春婦という存在はこの世にあってはならない存在だとされ、これはイスラム教においても同じである(ただし、イスラム教では一夫多妻制度が認められている)。一方、キリスト教はイエスの女弟子であったマグダラのマリアが売春婦だったという言い伝え(これは何の根拠もない伝説にすぎない)があり、たとえ売春婦であろうとも悔い改めれば神に許されるというというような教えから、性の乱れに対してはゆるやかになっていった。これは特にカトリック系の諸国に共通している。

尚、反キリスト教のイデオロギーで統制された旧ソ連や中国、ベトナムなどの共産主義体制下では基本的に売春業は資本主義的な堕落だとして厳禁されており、このある意味での清潔さが彼らが民衆の支持を勝ち取った原因でもあった(ただし、ソ連軍が終戦間近に満州一帯を攻め込んだとき甚だしい強姦があったことは有名な話である)。

キリスト教というのは日本の浄土教と同じで戒律というものがなく、ただ「信じるだけで救われる」というような教えなので、性に対する罪意識がうすくなり、近代の人本主義思想とともに性の乱れは多くのキリスト教国で深刻な問題になっている。しかし、日本の場合のそれ(たとえば性風俗産業の繁栄など)とはまた別の問題であろう。

橋下大阪府知事が昨年5月に問題発言をした中で特に異様な受け止め方をされたのは次のような話であった。

日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察し同飛行場の司令官と面会した際に「もっと日本の風俗業を活用してほしい」と促していたことを明らかにした。「風俗業を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをコントロールできない」と伝えたというが、司令官は「米軍では禁止されている」などと取り合わなかったという。(5月13日産経ニュース)

この話がなぜ海外で異様に受け止められたのかと言うと、橋下氏が日本の文化と海外(特にキリスト教国)の文化の違いを認識せず、まるでわれわれ(自分)がいいとおもっているものはアメリカ人にとってもいいのではないかと「ひとりよがり」に決め付けようとするその無神経さである。ご存じのように、これと似た話は今年1月の籾井NHK会長の就任会見の場でも繰り広げられた。籾井会長の話によると、従軍慰安婦は世界中のどの戦争地域にもあり、売春婦も世界中にいるではないかという話である。その証拠としてオランダの飾り窓の話まででてきた。

ちなみに日本軍が運営していたような従軍慰安婦の制度が世界の戦争地域のどこにもあったというのはまちがいである。秦郁彦氏によると第二次大戦中に似たような制度を作っていたのは日本とドイツだけであったとしている。その規模もほぼ同じぐらいで、日本では400箇所、ドイツでは500箇所(いずれも1942年当時の資料)あったとしている。ただし、秦郁彦氏のドイツの慰安婦資料がどれぐらい正確かはわからない(彼のドイツ慰安婦資料の多くは西尾幹二氏の訳に負うところが多いようだ)。一方、期間にすると日本では日中戦争から太平洋戦争終結までの丸8年であるが、ドイツでは3年か4年である。また日本軍慰安婦の特異性はなによりも朝鮮人や台湾人、中国人、フィリピン人、インドネシア人、ベトナム人、マレーシア人、オランダ人、・・・等々、多くの植民地や占領地の女性を活用した事であった。この点、ドイツではどうだったのかという点は秦氏の資料の中にも記されていない。当時のドイツ人は人種的優生思想が強く、そのためユダヤ人や他の劣等人種との性交渉は人種法で禁止されていたという。したがって、日本とドイツで似たような従軍慰安婦の制度があったといっても、両者はかなり異なった様相があり、なにもかもいっしょくたにするのは暴論ではないかと思うが、このあたりの秦氏の説明はあまり歯切れはよくない。むしろ秦氏の意図は慰安婦という制度の罪を相対化することが目的ではないかと勘繰られてもしかたがないだろう。

不思議なのはドイツでは慰安婦制度が特に周辺諸国から告発されなかったのは、どういうわけか秦氏は明確に記していないことである。これは秦氏が書くのをためらったのではないかとしか考えられない。想像するにドイツの慰安婦制度というのは同じドイツの女性に限られていたのではないであろうか?もしそうではないというなら、秦氏はそのあたりの事情を明らかにすべきではないか。そもそも秦氏の論によると、日本の慰安婦制度だけが告発されるのは不公平ではないかという終始一貫した論理なのであるが、これには少々頭をかしげざるをえない。

現在、国連人権委員会などで、この問題が人道問題であると規定されていることに対して秦氏の議論はこの規定自体を否定しているのか、それとも日本だけがまるで悪者にされているかのように非難されるのが不公平だといっているのか、彼の本を最後まで読んでもよく分からないのである。仮に後者であるとすると、逆にこれは海外から「ひとりよがり」と受け取られてもしかたがないのではないかと思う。

補足 
日本独特の公娼制度はそれ自体「性奴隷」ともいうべき制度であったという指摘を他ならぬ戦前の日本人がしていた。戦前の公娼制度というのはたとえばオランダなどの公娼制度とはまったく異なったものである。なぜなら遊郭などに集められた女性のほとんどは本人の意思で娼婦になりたいと思って自主的になったわけではなく、ほぼすべて人身売買によって売られていった女性であった。その原因は農村地帯の極端な貧しさにあり、身売りをする以外に生計を立てる手段がなかったからである。しかも女性たちは前借金を返すために一切の自由を拘束され、仕事を辞めたくても辞められないように実質的にその身分が拘束されていた。このような非人道的扱いに対して、戦前のキリスト教徒などが立ち上がり廃娼運動を続けていた。その結果、いくつかの県で公娼制度が廃止されている。たとえば1937年に鹿児島県議会では「公娼制度は人身売買と自由拘束の二大罪悪を内容とする事実上の奴隷制度なり」として廃娼決議をしていた。(この項未定です)

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秦郁彦と吉見義明は水と油か?

デカルトは「方法序説」の文頭で次のように述べている。

「良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。というのも、だれも良識なら十分身に具わっている と思っているので、他のことでは何でも気難しい人たちでさえ、良識については自分がいま持っている以上を望まないのが普通だからだ。この点で みんなが思い違いをしているとは思えない。むしろそれが立証しているのは、正しく判断し、真と偽を区別する能力、これこそほんらいの良識とか理性と呼ばれているものだが、そういう能力がすべての人に生まれつき平等に具わっていることだ。だから、 わたしたちの意見が分かれるのは、ある人が他人よりも理性があるということによるのではなく、ただ、わたしたちが思考を異なる道筋で導き、同一のことを考察していないことから生じるのである。」

この「方法序説」の文頭の言葉は同書の中でもっとも有名な「われ思うゆえにわれ在り」という結論部に導くためのいわば導火線の役割をはたしているのだが、ここでまぎらわしいのが「良識」という言葉の意味である。

通常、「良識」というと、「物事の健全な考え方」とか「すぐれた見識」というような意味であり、このような能力が「この世でもっとも公平に分け与えられている」とか「だれも良識なら十分身に具わっていると思っている」とは信じられない。もしそうなら、なぜこの世の中で意見の食い違いが一般的であるのか説明できない。この疑問に対して、デカルトは「わたしたちの意見が分かれるのは、ある人が他人よりも理性があるということによるのではなく、ただ、わたしたちが思考を異なる道筋で導き、同一のことを考察していないことから生じるのである」と結論しているが、これはどういう意味なのか?これはつまり個々人によって思考の道筋が違うために、心ならずも異なった結論に達しているのだということであり、これを裏返せば、同じような道筋をたどれば同じような結論に至るはずだということになる。

ちなみに「良識」という言葉は原語のフランス語で「bon sens」、英語では「good sence」という訳になるらしいが、これを日本語に訳したとき、なぜ「良識」という訳語になるのか釈然としない。むしろ日本語の「良心」という言葉の方が、その本来の意味に近いのではないかと考える。ただし、「良心」のフランス語訳は「conscience」(英語訳も同じ)なので、デカルトがわざわざ「bon sens」と書いたのは、単なる「良心=conscience」ではないのかもしれないが、しかし、「良心はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。というのも、だれも良心なら十分身に具わっている と思っているので、他のことでは何でも気難しい人たちでさえ、良心については自分がいま持っている以上を望まないのが普通だからだ・・・」というように、「良識」を「良心」に直して文章を書きかえると、ほとんど文章に違和感がなくなり、納得できるのではないだろうか?

たしかに、われわれはだれでも「良心」というものを公平にもっているものと考えているし、またそれを必要以上にもちたいと思う者もまずいない。だからこそ、たとえばちょっとした交通事故が起こったりすると、「どっちが悪いか」という果てしのない論争に発展するのではなかろうか。

「おまえが急ブレーキを踏んだからじゃないか」とか「いや、おまえのほうこそ前をみていなかったじゃないか」という論争が延々と続くことはあっても、「おまえの良心はどうかしている」とか「おまえの良心は不足している」ということを指摘する人はまずいないようにみえるのは、おそらく「良心」という心の作用はだれにでも備わっているものだという前提があるからではないだろうか?良心が不足している人間に対して、「お前の方が悪いから謝罪しろ」と求めても無理である。「善悪」を認識する心の作用、すなわち「良心」というものが誰にも備わっていると前提するからこそ、相手に対して「自分の方が悪うございました」ということを認めさせうるのであり、その前提がなければ「おまえは悪魔か?」と言う以外に、言うべき言葉もないのではないか?

これは冗談ではなく、つい最近起こった長崎での女子高生殺害事件をみると、まさにそのようにいうしかない人間が存在していることを証明していた。その犯人はただ人を殺して解剖してみたいという欲求があり、その被害者となった友人に対しては一片の同情心もなく、その犯人にはそもそも「良心」というものが備わっていたのかどうかという疑問が起こらざるを得ない。

ただし、よく考えると「良心」という心の作用は決して生まれつきに備わっているというものでもなく、それは後天的に身についてくるものであるといえる。生まれたばかりの小さな赤子には、そもそも良心が備わっていると考えることはむずかしい。しかしながら、同時に「良心」という心の作用は人間にしかないものであり、他のいかなる動物にも存在するものではないということが一般には信じられている。

しかし現実には長崎の女子高生の例をもちだすまでもなく、戦場やあるいは稀なる極限状況において人間の良心は麻痺したかのように、しばしば国のためとか正義という名において虐殺や非人道行為が繰り返される。オウム真理教徒がなぜあれほど平然とサリンを使った大量殺人を行えたのかという謎について、まだ十分に解明されたわけではないが、それに類するようなことは戦時中の日本軍の行動においてもいくらでもみられる。

中国戦線の中で日本軍は毒ガス兵器を使っていた。その証拠に広島県の大久野島に長野県上九一色村のサリン工場よりもはるかに大きな製造工場跡が残っている。驚くべきは毒ガス部隊(731部隊)が兵器の効果を調べるために、3千人以上もの(主に)中国人捕虜を使って人体実験を行っていたのである。これほどの酷い人体実験はイラクのフセインもやらなかったことである。※731部隊についてはwikipedeaを参考。

前置きがやや長くなったが、「従軍慰安婦」の問題がなぜこれほど相反した見解に分かれているのかと想いをめぐらしているとき、ふとこのデカルトの言葉を思い出したのである。

現在、「従軍慰安婦」研究の第一人者として自他ともに認められているのは吉見義明氏と秦郁彦氏である。ところがこの二人の見解はまったく水と油のように交わりあうことがない。一般に、吉見義明氏の見解は左派の見解を代表し、秦郁彦氏の見解は右派の見解を代表していると考えられている。

秦郁彦氏というと南京事件研究でも第一人者として知られているが、この分野での彼の研究は東中野氏や渡部昇一氏らのいわゆる「まぼろし派」と呼ばれる右派とはまったく異なり、むしろ左派リベラリズムに近い実証主義を重んじる立場から「大虐殺は事実としてあった」という見解をとっており、この点では左派にも高く評価されているようだが、一方、この「従軍慰安婦」問題になると、なぜか「南京虐殺はまぼろしだ」という人々ともタッグを組み、まるで右派のヒーローでもあるかのようにみなされている。

今回の朝日新聞の吉田証言取り消し記事にしても、もとはと言えば、秦郁彦氏が92年5月1日の産経新聞正論欄に、吉田証言を覆す自らの韓国済州島での調査を公表したことがきっかけになっている。1993年8月4日に河野談話が発表される過程でも、この秦氏の吉田証言否定によって、日本政府は強制連行の証拠はみつかっていないという立場を貫くことができたし、また韓国政府もその立場を崩すことはできなかった。したがって河野談話が強制連行を認めたものであるというのはまったくの誤解である。

秦郁彦氏の本格的な研究書「慰安婦と戦場の性」(新潮選書)が出版されたのは1999年であり、一方、吉見義明氏の「従軍慰安婦」(岩波新書)が出版されたのは1995年である。したがって、この分野の研究では吉見義明氏の方が先輩であるといえるのかもしれない。面白いのは秦郁彦氏の本を読んでいると、しばしば吉見資料集が引用されており、二人の研究がまったく異なった資料を基にしているわけではないことが分かる。たとえば秦郁彦氏の本の中には次のように書かれている。

吉見義明は広義の慰安所を次のような四―五のタイプに分類している。
A. 軍の直轄
B. 軍が統制し。軍人・軍属専用
B1 特定の舞台専属
B2  都市などで軍が認可(指定)
C. 軍が民間用の売春宿などを兵引用に指定する軍利用の慰安所で、民間人も利用。
D. 純然たる民間の売春宿で軍人も利用。

この分類はほぼ妥当かと思われるが、私はさらに
E. 料理屋、カフェー、バーなど売春を兼業した施設
を付け加えたい。
(「慰安婦と戦場の性」80P)


と、吉見氏の見解に同調するようなことを述べた箇所もある。二人の見解は互いに水と油のように相いれないが、資料自体はほぼ同じものを共有しているようだ(ただし、秦氏が集めた海外の文献資料等は独自のものもある)。

二人は共に東大出の秀才であるが、年齢は秦郁彦氏の方がひとまわり上の世代になる。戦後(昭和21年)生まれの吉見氏に対して、秦郁彦氏は昭和7年生まれであり、戦時中の空気をわずかながらも知っていた世代である、この違いが二人の見解の違いにも影響しているように思われる。秦氏の同年代には石原慎太郎(同じ昭和7年)もおり、面白いことに与那覇潤氏(愛知県立大学準教授)がこの世代について次のように述べているのは、秦氏の人物像を評価する上でも参考になるのではないか。

右傾化の最大の背景は「戦中派の退場」だと思います。司馬や山本七平(1921年生)のような軍隊経験を持つ人々が、国民大の物語の書き手として保守論壇の中心にいた頃は、戦争を日本人自身の「失敗」として捉えるという自意識が強くあった。これに対し、兵隊に取られるより前に終戦を迎えた結果、少年期に思い描いていた「欧米列強と対等な世界の強国」とは異なる国(=端的には対米従属国)で成長し大人になったことへの、割り切れなさを感じている世代を「戦後派」と呼びます。海軍エリートの家系に生まれた江藤淳(1932年生)・石原慎太郎(1932年生)・西尾幹二(1935年生)の各氏など、政権ブレーンないし「右傾化」の文脈で名前の挙がる方々がみなこの世代・・・「文藝春秋SPECIAL」2014夏号

私自身は吉見氏の世代に近いので吉見氏により共感をもつのかもしれないが、秦氏の人物像には正直グロテスクでわけのわからなさを強く感じる。これはもしかすると、与那覇氏のいう世代間ギャップのようなものも確かにあるのではないかとも感じるのである。

デカルトが「方法序説」で述べていたように、われわれの意見が互いに一致しないのは、良識(良心)や理性の差にあるのではなく、ただ考え方の道筋に違いがあるだけなのだというわけだが、だとすると確かにその人が生まれ育った環境や時代によって、違いが生まれてくるのは当然と言えば当然である。

さて、ここからが本題である。

そもそも吉見義明氏と秦郁彦氏のお二人がこの「従軍慰安婦」の問題に興味をもつようになり研究を始めることになった時期はほぼ同時期のこと、すなわちこの問題が新聞紙上で大きな話題を集めていた1991年―1992年のことであったという。ただし、二人の決定的な違いは研究を始めるようになったその動機である。

吉見義明氏がこの問題に関心をもったのは、一人の韓国人元慰安婦が証言に立ちあがったことであった。吉見氏は次のように書いている。

19991年12月、はじめて3人の韓国人元従軍慰安婦が、日本政府の謝罪と補償を求めて、東京地裁に提訴し、日本人に衝撃を与えたことは記憶に新しい。わたしも、ただ一人、本名で名乗り出た金学順が来日直前にNHKのインタビューに答えて、「日本軍に踏みつけられ、一生を惨めにすごしたことを訴えたかったのです。日本や韓国の若者たちに、日本が過去にやったことを知ってほしい」(11月28日「ニュース21」)と述べたことに心を打たれ、従軍慰安婦の研究をした。(岩波新書「従軍慰安婦」の書き出し」

一方、秦郁彦氏はこの問題に関心をもったきっかけとして次のように書いている。

1992年1月11日、朝日新聞の朝刊を手に取った人は、第一面トップに踊る慰安婦のキャンペーン記事に目を見張ったことであろう。今にして思えば、この「スクープ報道」こそ、それから数年わが国ばかりでなくアジア諸国まで巻き込む一大狂奏曲の発火点となるものであった。(新潮選書「慰安婦と戦場の性」の書き出し」)

この二つの本の書き出しを比較してみると、あきらかにその動機に違いがあることがわかる。つまりデカルトの「方法序説」が言うとおり、出発点においてまるで違うのだから、その結論に至る「思考の道筋」が違ってしまうのは当然のことなのかもしれない。

吉見氏の場合は、一人の人物の勇気ある告白に心動かされたというのがその出発点である。一方、秦氏の場合は、朝日新聞のスクープ記事からこの問題が始まったと理解しており、その始まりの動機自体が不純な政治的キャンペーンであったという受け止め方である。言い換えれば、吉見氏の場合はその一人の人物の告白が重大な意味を持つ告白だったという認識が初めからあり、一方、秦氏の場合はその問題に政治的な意味以上の意味があったとは認識されていない。

この二人の出発点における違いは、その後の論証においてもほぼ並行して互いに交わることのない違いである。

そもそも従軍慰安婦という制度は戦前の人間ならだれでも知っていた事実であり、それが著しい人権侵害であるとか、人道上許されない性奴隷制度であったとか、そういった認識はそれ以前には日本人だけではなく韓国人にさえほとんどもたれていなかった。

だから秦郁彦氏はこの問題は本来問題にすべき事柄でもなかったという受け取り方なのであるが、一方、吉見義明氏はこの問題の重大性をいままでほとんどだれも気付かなかったことこそが問題なのであるという受け止め方なのである。もう少しつきつめると、秦氏の考えではそのような制度の問題は戦前の諸悪の中でも取り立てて騒ぐほどの問題ではなかったという認識であるが、吉見氏の考えでは、この問題は人類がその存在に気付くべき新たな人道上の問題であるという認識である。

果たして、どちらの認識が正しかったのであろうか?

現在の国連機関やあるいは欧米先進国の見方からすると、これはあきらかに秦氏の方の分が悪いであろう。この種の人道問題はこの一、二世紀の間、なんどか価値観の衝突が繰り返されており、その都度明らかになったのは、古い価値観が敗退しそれに代わって新しい価値観が共有されるという方程式のようなものがあるということである。

ごく大雑把にいうと、最初に奴隷制度の是非の問題があり、つぎに人種差別の是非の問題があり、その次に性差別の是非の問題があった。この三つの問題はいずれも古い価値観が敗北し、新しい価値観がとってかわったのである。大事なことは、この価値観が再び逆転するということは、許されないことだと考えられていることだ。それほど普遍的なものであるという認識が世界(一部の地域を除いて)で共有されている。これがあらゆる法律の枠組みを超える「人道上の問題」だとされるゆえんである。

われわれは誰も「奴隷制度は必要なものだ」とは誰も言わないし、「差別はやむをえないものだ」とも誰も言わない。しかし、ほんの百年か二百年前まではそれらは必ずしも「悪」であるとは認識されていなかったことに注意しなければならない。熱烈な清教徒の子孫であるアメリカ人が奴隷制度を採用していたのは、聖書に奴隷制度が悪だとは明確に書かれていないからである。それもそのはず、新旧約聖書は2500年から2000年前に書かれた書物であり、その当時はまさに奴隷制の絶頂期であったから、その人々の間では、それを「悪」そのものとは認識できなかったのである。

そもそも神の選民であるイスラエルの始祖ヤコブには正妻とは別に奴隷の女がおり、その女からいくつかのイスラエル氏族が生まれたと記されているので、神が奴隷制度を悪そのものだとして廃止させようなどとしたという思想はいっさい聖書の中にはみられない。

神の子であるイエスご自身もまたパウロのような篤信者も当時の奴隷制度を批判するような言葉を残してはいない。奴隷制度が悪そのものであると認識されたのは、やはりアメリカのリンカーン大統領の大いなる戦いがあったからである。

また人種差別というのもキリスト教徒は当然のこととして長年認めてきた。なぜなら神が祝福したのは白人を中心とするキリスト教徒であり、それ以外の異教徒たちは何らかの罪や因縁によって神から見捨てられた立場であり、したがって彼らを差別することは認められるべきものと考えられてきたのである。特に黒人差別はノアの三人の息子(セム、ハム、ヤペテ)の中で後の黒人の子孫だと考えられているハムの子(カナン)が重大な罪を犯したために「カナンは呪われよ/奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」(創世記9.25)とノアに予言されていることから由来したのだと多くのキリスト教徒に信じられてきた。

ただし、これらの差別や奴隷の問題は決して外国だけの問題ではない。われわれ日本人も多くの差別や奴隷制度に近いようなことを行ってきたのである。日本ではいわゆる部落差別が古くからあり、彼らの職業は限定され一般人との結婚も許されず居住の自由や移動の自由もなかった。また1910年の日韓併合後は多くの朝鮮人が日本に職を求め、あるいは強制連行されて連れてこられたが、その朝鮮人は部落民と同じように一般の社会からは隔離された地域で生きてゆかなければならなかった。このような公然たる差別は戦前だけではなく戦後も長い間続いたのである。われわれの子供時代には、朝鮮人部落や部落民の地域には絶対に行かないよう、また彼らとは交わらないように親からそう教えられていた。

いわゆる公娼制度というものも西洋人の目から見れば奴隷制度と同じようなものに映るのは当然と言えば当然なのである。日本の公娼制度で普通に行われていた人身売買は、奴隷制度とまったくおなじであった。職業選択の自由がなく居住の自由も、移動の自由も制限される公娼制度は奴隷制度そのものである。しかもそれは性に特化された奴隷なのでより悪質であるともいえる。戦前の日本で一部のキリスト教徒が「公娼制度は奴隷制度そのものだ」と認識して廃娼運動を行っていたのは、当時の厳しい人権状況の中であってさえ、それが異様なものに映っていた証拠であろう。

奴隷制度にしても黒人差別にしても、あるいは植民地という名の民族差別にしても、長らくキリスト教社会で容認されてきたことではあったが、これらを重大な人権問題であると自覚し、それらの制度や偏見をなくすために運動を始めたのも他ならぬキリスト教徒であった。なぜならイエスの教えの中には当時の奴隷制度や民族差別をあたかも容認するような言葉もあるにはあったが、その教えの本質は自由と平等と博愛の教えであり、虐げられた人々を解放することこそが神の正義であると考えられたからである。このような考え方は聖書の字面だけを解釈した結果ではなく、近代人の人権意識の高まり自体が神の導きによるものであるという認識が一般になったからでもある。それに、たとえ神が存在しないとしても、近代人が目覚めた人道上の権利はいかなる宗教やイデオロギーをも超えて普遍的かつ合理的なものであるという考え方がわれわれの社会で共有されることになったのである。

従軍慰安婦という日本軍が戦前に行った制度は単に「強制連行があったかなかったか」というような次元で国際的に非難されているわけではなく、それが戦前の公娼制度の延長であったとしても、それ自体がもはや人道上許されない制度であるという共通の認識で非難されているのである。これを秦郁彦氏はまったく理解していないのではないかといわざるをえない。

補足:
あるラジオ番組で秦郁彦氏と吉見義明氏のお二人が対談したそうである。
以下、勝手ながら、ある方のブログから記事と写真をお借りした。(使用不可であれば連絡してください)
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秦郁彦:内地の公娼制をね、これ、奴隷だということになってくると、そうすると、現在のオランダの飾り窓だとか、ドイツも公認してますしね、それからアメリカでも連邦はだめだけれどネバダ州は公認してるんですよ。これは皆、性奴隷ということになりますね。

吉見義明:それは、人身売買によって女性たちがそこに入れられているわけですか?

秦郁彦:人身売買がなければ奴隷じゃないわけですか?志願した人もいるわけでしょ。高い給料にひかれてね。

吉見義明:セックスワークをどういうふうに認めるかということについてはいろいろ議論があって難しいわけですけれど、少なくとも人身売買を基にしてですね、そういうシステムが成り立っている場合は、それは性奴隷制というほかはないじゃないですか。

秦郁彦:自由志願制の場合はどうなんですか?

吉見義明:それは性奴隷制とは必ずしも言えないんじゃないでしょうか。

秦郁彦:公娼であっても?

吉見義明:それは本人が自由意志でですね、仮に性労働をしているのであればそれは強制とは言えないし、性奴隷制とも言えないでしょうね。

秦郁彦:日本の身売りというのがありましたね。それで身売りというのは人身売買だから、これはいかんということになってるんですね、日本の法律でね。

吉見義明:いつ、いかんていうことになってるんですか?

秦郁彦:人身売買、自体はマリア・ルス(マリアルーズ)号事件の頃からあるでしょ、だから。

吉見義明:それはあの~確かにあるけれど、それは建前なわけですよね。

秦郁彦:建前にしろですね、人身売買ってのは、だいたい親が娘を売るわけですけれどね。売ったという形にしないわけですよね。要するに金を借り入れたと、それを返済するまでね、娘が、これを年季奉公とか言ったりするんですけどね、その間、その~、性サービスをやらされるっていうことなんでね。

それで、娘には必ずしも実情が伝えられてないわけですね。だからね、しかし、いわゆる身売りなんですね。

荻上チキ:(着いてみたら)こんなはずじゃなかった、という手記が残っているわけですね。

秦郁彦:う~ん騙(だま)しと思う場合もあるでしょう。ね。

(中略)

だからね。これは、う~ん、なんていうかな、自由意志か、自由意志でないかは非常に難しいんですね。家族のためにということで誰が判定するんですか。

吉見義明:いや、そこに明らかに金を払ってですね、女性の人身を拘束しているわけですから、それは人身売買というほかないじゃないですか。

荻上チキ:ちょっと時期は違いますけれどもね、『吉原花魁日記』とか『春駒日記』とかっていう、昔の大正期などの史料などでは、親に「働いてこい」と言われたけど、実際に働いてみるまでそのことだとは思わなかったケースもあったりすると。

秦郁彦:うん、そうそう。

荻上チキ:それは、親も敢えて黙っていたかもしれないし、周りの人も「いいね、お金が稼げて」と誉のように言んだけども、内実を周りは知らなかったっていうような話は色いろあったみたいですね。

吉見義明:実際にはあれでしょ、売春によって借金を返すというシステムになってるわけでしょ?

秦郁彦:今だってそれはあるわけでしょ。

吉見義明:それは、それこそ人身売買であって、それは問題になるんじゃないですか?

秦郁彦:じゃぁ、ネバダ州に行って、あなた、大きな声でそれは弾劾するだけの勇気がありますか?

吉見義明:もしそれが人身売買であれば、それは弾劾されるべき。

秦郁彦:志願してる場合ですよ、自発的に。自発かね、その~どこで区別するんですか?

吉見義明:何を言ってるんですか、あなたは?

荻上チキ:前提としてそういったふうに(連れて行かれた女性が慰安所での性行為を拒否し)イヤだイヤだといった場合は、帰る自由といったものはあったんですか?

秦郁彦:借金を返せばね。借金を返せば何も問題ないわけですよ。

吉見義明;え~つまり、借金を返すまで何年間かそこ(慰安所)に拘束されるわけです。それが性奴隷制度だっていうこと。

秦郁彦;そうすると親がね、返さなきゃいけんのですよ。親が売ったのが悪いでしょ。

吉見義明:秦さんがわかってないのそこですよ。

秦郁彦:どうして?

吉見義明:借金を返せば解放されるというのであれば、それは人身売買を認めてることになるじゃないですか。


吉見義明:先ほど言いましたように略取とか誘拐とか人身売買で連れて行くのがほとんどだったわけですよね。そうして朝鮮半島で誘拐や人身売買があったということは、え~、秦さんも認めておられるわけですね。

秦郁彦:当然ですよ。それが大部分ですよ。

吉見義明:それでたとえ業者がそういうことをやったとしても、その業者は軍に選定された業者である。で実際に被害が生じるのは慰安所ですけど、その慰安所というのは軍の施設である。軍がつくった軍の施設であるわけですね。そこで女性たちが誘拐とか人身売買で拘束をされているわけですね。当然、軍に責任があるということになると思う。


(この項、未定です)

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「水」の文化と「恨」の文化

故山本七平によると、日本は「空気」の国であると同時に「水」の国でもあるとされている。「日本人とユダヤ人」の第一章では、「安全と自由と水のコスト」というテーマがかかげられていて、ユダヤではそれらはいずれも非常に高価なものと考えられているが、日本では「水」と「安全」のコストがほとんどただであると思われている珍しい国だとされている。確かに「水」はともかく、「安全」のコストが日本ほどただ同然に思われていた国は世界を見渡しても、そうはないだろう。

もちろんその意味は日本が過去からずーっと平和な国であったという意味ではない。日本でも武士階級の間でしばしば内戦が繰り広げられた。ただし、一般の民衆は戦争に駆り出されるという事はほとんどなかった(少なくとも明治時代以降までは)。

日本は大陸から十分に離れた島国であり、しかもそれなりの豊かな資源を持ち、特にふんだんにある水のおかげで植物が繁茂し、農業や漁業、畜産業にはうってつけの環境である。しかも他国が攻めてくるという脅威をほとんど感じることもなく、武士以外の平民は平和に暮らす事ができた。そのような意味では確かに日本では「水」と「安全」がただ同然と考えられてきたという山本七平氏の指摘はあたっている。

それに対して、ユダヤ人にとって「平和」というものは、自然に与えられてそこに「在る」ものではなく、自ら常に戦って勝ち取り守らなければ、その「平和」は維持できなかった。彼らにはそもそも平和な時代というものはほとんど長続きしなかった。ダビデやソロモン王の時代に周囲を圧倒する王国に成長したが、その後はアッシリア、バビロン、ギリシャ、ローマなどの大帝国によって王国は崩壊させられ、その奴隷となって連れていかれたり、また長く傀儡政権の身分に甘んじなければならなかった。

一方、日本では過去太平洋戦争時の本土空襲と沖縄戦以外には歴史上外敵に攻められるという経験がほとんどなかった。幕末にはじめてその脅威を感じることがあったが、薩摩藩や長州藩が小規模の戦争をしただけで終わった。近代の航空兵器や海洋兵器が飛躍的な発展を遂げるまでは、日本という国はまさに自然の海に守られて独立と平和を維持することができたのである。

それに対して中国や朝鮮半島では常に平和は脅かされていた。だからこそ漢民族は周辺の民族を夷敵として警戒し、万里の長城という壮大な防壁を築かなければ、その平和は維持できなかったのである。ただし中華民族は必ずしも侵略的な民族であったわけではなく、彼らは周辺諸国との武力衝突をできるだけ少なくするために、ある種の安全保障秩序を形成した。それこそが中華秩序というものである。中華秩序の中心はもちろん漢民族を中心とする中国人であるが、周囲の国々とは定期的に貢物をおさめさせるという上下関係を築きながらも、決して侵略はせず平和的な秩序を維持してきた。このために朝鮮半島もかつては中国や蒙古の侵略を受けたことが何度もあるが、中華秩序に属することでその平和と独立は保たれてきた。沖縄の琉球王国もその中華秩序の中にあって長く平和が保たれてきた。したがって東洋では中世以降、中東や欧州であったような大戦争は起こっていない。

ところが東洋の中でも日本という国だけは中華秩序に属すこともなく平和をたもつことができた。それは海に囲まれていたので、他国に攻められるという危機意識を持つ必要がなかったからである。逆に日本は近代化に成功すると、俄かに中華秩序を壊しに行った。まず手始めにやったのが琉球を中華秩序から切り離し日本の領土に併合する事であった。当時の琉球の王は日本は野蛮な東夷の国でこれに支配されるよりは中華秩序に残ることを望み中国に救いを求めたが、中国の方は日本と戦争してまで琉球を守ろうとはしなかった。

これに味をしめたせいか、日本は本願だった朝鮮半島に手を出してゆく。当時の朝鮮はあきらかに中華秩序の一部であり、彼らの宗主国は清王朝である。したがってこれを取りに行くためには清国との戦争もやむをえない。これは早くから日本も清国も気づいていた事実である。清国にとっても明治政府軍は恐ろしい敵であった。日本は小さな島国であるということは知っていたが、中華秩序に属さなかったために独自に発展を遂げ、西欧の技術支援を受けて近代化に成功している。だから清国はできるだけ日本とは摩擦を起こさないように考えていた。それでなくとも清国は内政の統治が崩壊しており、欧州列強によって分割統治を許さざるを得ないほど疲弊していた。

この清国の弱体化に目をつけて日本は一挙に朝鮮半島を中華秩序から無理矢理切り離すという強引な行動にでた。日本は朝鮮は独立国であるという大義をうたい清国に宣戦布告をした。その目的はもちろん朝鮮半島を琉球と同じように日本に併合することであった。ただし、日本は戦争に勝利し、その目的を半ば遂げることには成功したが、今度は清国よりもっと大きいロシアと戦わなければ自らの目的は達成できないという事が分かった。この後に続く日露戦争、満州事変、日中戦争、そして太平洋戦争へと至る道は、すべて清国との戦争からの必然的路程であったということが分かる。

まるでホップステップジャンプという風に、日本軍の足は気が付いたら大陸奥深くにまで着地していた。やがてその侵略欲は際限もなく広がり、東南アジアからインドやオーストラリアを目指し、そして米国本土をも目指そうという世界征服の野心へと限りなく広がってゆく。

日本という国は確かに江戸時代まではこじんまりとした平和の中に閉じこもる小国であった。しかし、本当の侵略という被害経験がないために、逆に加害者の側に立つととめどもなくその野心は広がってゆく。中国や朝鮮では侵略に対する歴史的な免疫力があったが、日本人にはそれもない。だから侵略の加害国となっても侵略しているという意識さえなかったのである。逆に日本はアジアの解放者なのだという大義を掲げた。このような大義はローマ帝国の時代から軍事進出のためにつけられる大義と同じものである。幕末の戊辰戦争の時も賊軍を滅ぼして日本を統一しなければならないというプロパガンダが掲げられたが、それも同じだ。

このようにみると明治以降日本が始めた戦争というのは、中華秩序の外側で純粋培養のように育ったうぶな子供が、突然、邪気を起こして気宇壮大な野心に取りつかれたというふうにみえる。ただし、日本は秀吉の時も似たような野心を抱いて明を攻めようとしたし、もっと古い伝説では日本の国王が朝鮮の三韓を征服したという話もあるので、そのような野心は突如として起こったものではなく、潜在的に日本人の種の中に埋め込まれていたのであろう。したがって日本という国は、外敵の侵略からは安全地帯であったが、逆に周辺国を侵略して自らの領土を広げたいという野望は常にあった。

その点では中国とは大きく異なる。中国はすでに十分な土地を大陸の中心に所有しているので、無暗に領土を広げたいという野望はない。むしろ周辺国から侵略されないための自己防衛に専念する。それが万里の長城を作らせたのであろう。しかし日本は海に囲まれているために万里の長城は必要なかったが、逆に自らが小さな島国にすぎないことに劣等感を持ち続け、いずれは大陸へ進出したいという侵略願望のようなものを潜在的に持ち続けたのではないか?その爆発こそが明治以降の戦争の本質ではないかという気がする。

さて、ここからが本題の「水と恨」の話に移ろう。この二、三日の間に安倍政権が突然、慰安婦問題の解決の為に具体的な交渉を始めたいというニュースが流れている。新聞によると、日韓両政府間での具体的な解決に向けての下交渉が進んでいるようである。この慌ただしい年末の中で、突然ふって湧いたこのニュースに新聞各紙はその成り行きに注目している。

しかし、私はこのニュースをみてまた安倍総理の悪い癖が始まったなと思った。何かと言うと、それは要するに「解決病」ともいうべき病気である。政治家として外交上の成果を出すことは得点として後々評価されるだけに、慰安婦問題の解決を急ぐ理由があるのは分かる。この問題では韓国の朴大統領も「早く解決しなければ」と常に言っている。しかし、安倍総理と朴大統領の「解決」はどう考えても同じではない。朴大統領が求める解決は日本政府がこの問題に誠実に向き合って、慰安婦に対する明確な国家賠償に応じさせることであった。しかし、日本政府は1965年の日韓協約で一切の請求権は解決済みであるというう立場をとっているので、慰安婦に対する国家賠償も法的には認められないという立場であった。

しかしながらここへきて、安倍総理がなんとか外交的成果をだしたいという焦りからか、大幅に妥協した提案がなされる可能性があるような話が漏れ伝わっている。それがどれほど大幅な妥協なのか分からないが、あくまでも国家賠償に応じるという形では無理であるとしても、安倍個人の気持ちをしたためた手紙を慰安婦に送るというような話が伝わっている。まあ、それはそれで成果をだせればよいことだと思うが、問題は安倍総理が考える「解決」が「最終的」かつ「不可逆的」なものであるというような脅迫めいた言葉まででていることである。つまり安倍総理の考える「解決」は最終的な「解決」であって、もはや後戻りもできないほどの「解決」なのだという。現に日本の新聞はこぞってそのような見出しをつけている。

ここで私が気になるのは8月に出された安倍談話である。安倍談話の中で先の戦争に対する謝罪めいた言葉があったが、驚いたのは次の一節である。

あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません

この言葉と同じように、安倍総理のいう「解決」の中には、もう二度と謝罪の必要もない解決を目指したいという願望が含まれているのではなかろうか?だとしたら、これを韓国の人々は受け入れるはずはないと思う。

日本ではいろんな問題がおこったときに「もう水に流そう」という言葉がしばしば使われる。これはいろんな場面で使われるが、特に罪を犯した相手に対して被害者がそういう時、水に流すことで相手の罪を許すという意味があるだけではなく、一切合財、なかったことにするという意味も含まれている。

日本人がそういう言葉を使用するのは、もちろん法的な意味ではなく、さりとて道義的な意味でもなく、むしろ審美的な意味合いが込められている。つまりそのように相手を許す事が人間として「美しい」という意味なのではないかと思う。たとえば日本はアメリカに二発の原爆を落とされた。それでもアメリカ人を恨まない。なぜなら過去を水に流すことがよいをされるからだ。だから東京大空襲の戦犯カーチス・ルメイに対して日本政府は自衛隊創設に貢献したとして勲章まで与えている。日本人はどんなにひどいことをされても相手を恨まない。そういう優れた感性があるのだと多くの人々が無意識にそう信じているかもしれない。だからこそ逆に過去を根に持って恨み続ける人を日本人は軽蔑する。

だが、この分析は正確ではない。日本人がもっとも好きな劇映画というと「忠臣蔵」である。これはまさに主君浅野内匠頭に対する不義を行った吉良上野介に恨みを抱き、最後に復讐を遂げる物語である。この物語がなぜ江戸から平成の世の中にいたるまで多くの日本人に支持されたのか?それはここにも審美的な美学があるからである。復讐という行為は明治に至るまで立派な行為であるとされてきたのが日本の伝統である。したがって日本の伝統の中では恨みをもつことは決して悪い事ではなく、むしろ賞賛すべきこととされた。

ではなぜ日本人は原爆を落としたアメリカ人を恨まないのか?ただこの設問は間違っている。実際には昭和天皇をはじめ多くの日本人及び日本軍人はアメリカに憤った。だから8月15日の玉音放送では「敵は新たに残虐なる爆弾を使用して頻に無辜を 殺傷し惨害の及ぶ所真に測るべからざるに至る」と原爆を激しく非難した言葉もある。しかし、日本は無条件降伏をしたがゆえに、そのような恨みを言い募る権利さえもなくなった。さらに日本はあくまでも戦争の加害者であって原爆が落とされたのは自らが招いた結果であったという認識を大半の日本人は共有している(実は自民党議員等に共有していない人も多くいるが)。

しかし、いずれにしても日本人は「水に流す」ことがよいことだと考えているふしがある。故山本七平によると、日本人は空気の民であると同時に水の民でもあるというのだ。水というものはすべての汚れを洗い流しきれいにする。さらに水の驚くべき力は加工力である。水はあらゆる物体に働きかけてその原型を破壊するだけではなく、別のものに変える力を持っている。たとえば、さまざまな食事が人体の中に取りこまれると、それは一旦胃や腸の中で解体されたあげくに別のDNAで組み立てられ、髪の毛や爪、骨、肉、血など人体の一部に改造されてゆく。それと同じように外から入ってきたものを日本人は一旦それを解体し、自己流の文化に変えて自分自身の中にとりこんでいく。こういう文化は「水」の文化だというのである。だから日本人ほど入浴好きな民族もなく、また寒中禊のように他国では考えられない風習もある(西洋にも洗礼の儀式があるが、これは人生一回きりの儀式である)。

一方、韓国の文化はどうかというとこれは明らかに「恨」の文化である。「恨」すなわち恨みをもって生きることを宿命づけられた民族、それが韓民族だ。もちろんこれは日帝35年の併合によって祖国のすべてを奪われた、その過去に対する「恨」である。日本人はこの心情をどうしても理解できない。それはいじめっ子がいじめられっ子の気持ちがわからないのと同じである。日本人は民族的に差別された経験がなく、ましてや奴隷になった経験がない。韓国の併合35年間(実際は保護国化から40年間)は韓民族がそれまで経験したいかなる仕打ちにもまして屈辱的なものであった。勝手に日本人が銃をもってやってきて、皇室と政府を乗っ取り保護国にしてしまった。そうして気がつくと韓国は日本に併合されたという話になり、至る所に武装した日本軍人と警察が駐在し、学校へ行くと日本の先生による日本語の授業がはじまり、名前も日本式の創氏改名を強制され、宗教ももはや儒教やキリスト教ではなく日本式神棚に奉る神道が推奨され、実際、壮大な神道の神社も建てられた。

これは韓国民にとってユダヤ人が経験したバビロン捕囚と同じである。すべてのユダヤ人にとってバビロン捕囚とそれからの解放こそが民族の原点であるように、すべての韓国人にとって日帝による40年間の奴隷状態こそが彼らの原点になり、その民族の「恨」から生きるエネルギーがわき上がるというのが韓国民の宿命なのである。韓国にとって日本とはそういう国なのだ。

日本の右翼的人士はいう。韓国は日本に併合されるまでは中国の属国だったじゃないかと。それは正確ではない。韓国は中華秩序の一部ではあったが属国ではなく、独立した国として認められ、事実独立した伝統と文化、言語、宗教、そして皇室をもっていた。しかし日本はそれらをすべて力づくで廃止させ日本に同化させようとしたのである。だからこそ韓国民はこの経験を決して許す事も忘れる事もできないのである。

いわゆる従軍慰安婦問題というのは、すべての韓国民にとってその象徴としての屈辱的経験だったのだと捉えられている。

日本は1965年、朴軍事独裁政権の時に日韓基本条約を結んだ。韓国が日帝の支配から解放後20年目のことである。この時に合意されたのが現在もなお問題になっている請求権の放棄という以下の項目である。

両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する(個別請求権の問題解決)。

一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益において、一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって1945年8月15日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする(相手国家に対する個別請求権の放棄)。


そもそも過去の韓国併合に対して戦後賠償なるものに日本は積極的ではなかった。なぜなら併合は合法的だったというのが日本政府の一貫した解釈であり、それは現在でも変わっていない。日本が明治以降に行った朝鮮半島への軍事進出とその最終結果としての1905年の日韓併合については、当ブログでもみたとおり「侵略」そのものの不法行為である。これは多くの歴史家が一致している見方と思うが、日本政府はあくまでもこれを合法であったとしている。そうしなければ国家賠償という問題にも跳ね返ってくるからであった。

当時の朴大統領は請求権の放棄という項目を入れる条件で日本政府から三億ドル(約1000億円)の国家賠償及び有償無償含めて八億ドル程度の経済協力金を勝ち取ったが、この総額は当時の韓国の国家予算の3倍ほどに相当する額であった。但し、当時の日本は高度経済成長の真っただ中であり、年間の国家予算は八兆円を超えていたので、この出費は微々たるものであった。

韓国が現在の高度経済成長を果たす最初のきっかけになったのが、この資金であったということも事実であろうが、だからといってこれだけの額で日本が韓国を侵略し支配した罪をすべて償ったのだとは到底言えないであろう。その賠償金支払いの代償に今後一切の請求権の放棄を認めさせたというのは非人道的という一語に尽きる。

但し、1990年を過ぎて従軍慰安婦問題に新たな焦点があてられた時に、この日韓協約が大きな障害になった。それまで慰安婦問題については韓国政府も日本政府もこれを請求権の問題であるとは認識していなかった。しかしその被害者が名乗り出ることによって請求権の問題が新たに浮上したのである。日本政府はあくまでも1965年の協約によって請求権は解決済みであるという解釈にこだわったが、韓国政府はこの問題は1965年に確認されたどの項目にも属さない新たな問題であるとして、日本政府の国家賠償が必要であるという立場にこだわった。その後、民間のアジア女性基金が作られてそれなりの援助をしてきたが、多くの元慰安婦及び韓国政府は日本政府の責任で拠出する国家賠償をあくまでも求めてきた。当然ながら現在の朴大統領もその立場は変わっていない。

しかしここへきて、安倍総理が俄かに動き出したのは韓国の裁判所で1965年の日韓協約自体が憲法違反であるという韓国国内での訴訟に対して、訴えを却下した判決がでるという韓国法曹界の変化があったためである。すなわちこの裁判で韓国政府が1965年の協約を黙認したという解釈をしたのであろう。

しかしながら、安倍総理が短兵急にやろうとしていることは浅知恵であるとしか思えない。安倍総理はこの機会をとらえて一挙にこの問題の「解決」を目指したいと考えているのであろう。その成果によって自分の名前が日韓外交史に刻まれることを夢見ているのではないか。これは他の外交成果がまったくあがっていない状況の中で起こるべきして起こった新たな失政として後の世に位置づけられるのではないかと心配する。特に拉致問題が完全に暗礁に乗り上げ、蓮池透氏が「拉致被害者たち面を見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」(講談社)という本を出版したことは安倍総理にとって脳天をぶんなぐられたようにショックだったに違いない。
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安倍総理の頭の中では拉致問題は当分無理としても、なんとかして慰安婦問題だけでも解決したいと考えているのは分かる。しかし、その方法は唯一日本政府が韓国の主張を完全に受け入れることでしかありえない。すなわちもう20年以上前から言われているように正式な国家賠償を無条件で認める事だ。その姿勢の転換こそが彼らの「恨」の想いに対して報いる唯一の方法なのである。その誠実さがなければこの問題は永遠に水に流すことなどできるはずもないのだ。


12月27日記 本項未定です

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